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2008年6月 7日 (土)

キジバト  学校での子育て観察日記

名前 キジバト
分類 ハト科
生息地 平地(市街地~里山)から山地の林
私が出会った場所 日本中で出会っている

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 キジバトが枝に止まっている。毎日毎日、通勤途中見ている風景。しかし、そこに雪が加わると、一年に一度見ることができるかどうかという世界となる。

 さて、キジバトは日本中どこででも出会える鳥だ。私が住む関東地方では一年中見ることができる(ただし、北海道では夏鳥)。そんなキジバトも以前はヤマバト(山鳩)と呼ばれていた。かつてはキジバトは人里ではなく山の鳥だったのだという。

 キジバトが人里に進出してくれたおかげで、生徒と一緒にキジバトの子育てを観察することができた。私が顧問を務める演劇部の活動場所は校舎の2階にあった。そして、窓の外にはコナラの木が枝を広げていた。キジバトがそこに巣を作ったのだ。2000年の秋のことだ。私は子どもたちと一緒に観察し、その様子を日記に綴った。

2000年9月25日(月)
  キジバトの巣で雛がかえっていたそうだ。「先生、ハトの雛がかえってます」と2人の男子生徒が報告に来てくれた。演劇部員も何人か確認している。自分がいったときは親鳥がいて雛を見ることができなかった。明日確認したいと思う。無事に育つことを願う。

2000年9月27日(水)
 やっと雛を見ることができる。ただし1羽だけ。黄色い産毛が生えていてかわいい。
雛は2羽いるようだ。

2000年10月2日(月)
 雨であった。雛が雨に濡れないように親バトが雛にかぶさっている。雛はずいぶん大きくなった。もう親に隠れることはできない大きさだ。2羽ともよく見える。親バトの姿を人間と重ねている自分がいる。

2000年10月3日(火)
 親バトが餌を取りに離れたので二羽の雛をよく見ることができた。雛の背中には親と同じ模様の羽が生えはじめている。雛がかえってまだ一週間だというのに…。雛の成長の早さにびっくりする。
 巣を覗き込む生徒の数が増えている。みんなハトを驚かさないよう細心の注意を払っている。生命の営みに触れるという、最高の生命の教材がここにあると感じる。

2000年10月5日(木)
  親鳥が巣から離れていることが多くなった。「先生、大丈夫でしょうか」生徒が、親が子育てをやめたのではないかと心配している。これだけ雛が大きくなっては巣の中に親の居場所はない。成長の早さにびっくりする。休み時間になるとオープンスペースのこの窓をのぞく生徒が大勢いる。無事育ってほしい。

2000年10月10日(火)
 「雛がいなくなっています」。なんかとんでもないことが起こったというように、二人の生徒があわてて報告に来た。私は生徒と一緒に、駆け足でオープンスペースに向かった。確かに巣に雛がいなくなっている。今朝は確認しているのに…。そして、辺りを見回したら、いたいた、2羽とも巣の近くの枝にちょこんととまっていた。
 雛が巣立ったのだ。親は直接雛(雛といってももうかなり大きい)のところにやってきて餌を与えていた。
 もう、羽もすっかり親と同じ色になり、首の回りに黄色の産毛をかすかに残すだけだ。もう、体のサイズ以外は親と同じである。
 生徒は雛の生存を確認し、ほっとしている。そして「かわいいかわいい」を連呼している。とってもすてきなワンシーンがそこにあった。透き通った空気があたりを満たしていた。

2000年10月12日(木)
 親鳥も雛もいなくなった。うれしいような淋しいような。雛のいなくなった巣の中にコナラのドングリが一つ転がっているのが印象的だ。

 演劇の練習をしながら、毎日毎日雛の成長を見守ったこと、それが部員たちにとって最高の劇の練習になった。そして命を学ぶ場所ともなった。

撮影 埼玉県杉戸町 

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2008年5月29日 (木)

アサギマダラ  海を渡る美しい蝶

名前 アサギマダラ(浅葱斑)
分類 タテハチョウ科マダラチョウ亜科
食草 ガガイモ科キジョラン、イケマ
出現期 4月~5月に第一回目の発生その後、1~2回発生、その後長距離移動をする
生息地 市街地~高山帯
私が出会った場所 埼玉県・長瀞、東京都・高尾山(5月、9月)、栃木県・奥鬼怒(8月)、長野県・霧ヶ峰(8月)、志賀高原(8月)、烏帽子岳(8月)、群馬県・赤城山(8月)、四国・石鎚山(8月)  他

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妻と初めて登った山は四国の石鎚山だ。その石鎚山でこの蝶と出会った。

「きれいな蝶」
「うん、アサギマダラっていうんだ」

 それ以来、アサギマダラは二人にとっての思い出の蝶となった。平成2年の夏のことだ。アサギマダラは美しい蝶だ。黒と茶に縁どられた翅脈のまだら模様が、浅葱色に透き通ることから名付けられた。その響きが何とも心地よい。ほとんど羽ばたかずに舞い、その半透明の羽根の向こうに青空が透けて見える。夢のように舞うという形容がふさわしい蝶である。

 アサギマダラの撮影に初めて成功したのは、霧ガ峰。その当時は望遠レンズを持っていなかったため、少しずつ、少しずつ近づき息を止めて写真を撮ったことを覚えている。志賀高原では百を軽く超えると思われるアサギマダラの群れに出会った。そこはヨツバヒヨドリのお花畠だった。

 アサギマダラを探すなら、ヨツバヒヨドリの花。蜜を吸うことに夢中になっているときの撮影は容易である。

 さて、石鎚山でこの蝶に出会った頃は、アサギマダラが渡りをする蝶であるという認識はなかった。実は、アサギマダラが渡りをすることが発見されたのは1981年。それほど昔のことではないのだ。現在、この蝶にマーキングすることによって、渡りのルートを調べる調査が行われている。マーキングは羽の裏面に油性のフェルトペンで、個体を識別するためのマーク(自分の名前の略、採集地、日付)を書き込む。そして、その蝶を放す。この地道な調査によって渡りのルートが明らかになってきた。すごいことだと思う。

 この小さな蝶が、なんと2000キロをこえる旅をすることもあるのだという。この小さな体でどうしてそんな旅ができるのか。なぜこの蝶は生まれながらにして、どこに向かうべきかを知っているのか。アサギマダラは畏敬の念を感じずにはいられない美しい蝶である。

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2008年5月20日 (火)

アオスジアゲハ クラスの生徒との思い出となった蝶

名前 アオスジアゲハ(青筋揚羽)
分類 アゲハチョウ科
出現期 4月~10月
生息地 平地の公園~山地の広葉樹林
私が出会った場所 埼玉県・久喜市、杉戸町、東京都・高尾山 他 日本の多くの場所で出会っている 

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 アオスジアゲハは昔は出会うことが少なかった蝶だ。親戚の家に行ったとき初めて見た青の美しさ、その胸のときめきを私は今でも覚えている。しかし、うれしいことに最近はこの蝶に頻繁に出会えるようになった。原因はクスノキの並木道ができたこと。アオスジアゲハの食草はクスノキなのである。

 さて、これから語るのは、平成15年、私が一年の担任をしていたときの話である。クラスの生徒が羽化しそうな、羽根の色が透けて見えるアオスジアゲハのさなぎを教室に持ってきてくれた。私は、みんなが見られるようにそれを教卓の上に置いた。しかし移動教室で全員が教室を離れているうちにアオスジアゲハはさなぎから出ていた。誰もその羽化を見ることができなかった。休み時間まだ羽根が伸びきっていないアオスジアゲハをみんなで見た。他のクラスの生徒も見に来た。
 「羽化の時間が私の授業と重なったらよかったのに」と思った。そしたら一時中断して羽化を見たことだろう。

 私は、その蝶が飛びつ姿を生徒とともに見たかった。しかし、私は午後から埼玉県庁に出張しなければならなかった。後ろ髪を引かれる思いで教室を出た。

 翌朝、教室に入ると、黒板の隅にメッセージが書かれていた。

「先生、アゲハが1:30に飛び立ちました」

 そして、その下に飛び立つアオスジアゲハの絵が描かれていた。
生徒たちはみんなで飛び立つ様子を見たんだろうな。そう思った。すてきな一日が始まろうとしていた。

撮影 平成20年5月 久喜市青葉公園

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2008年5月 3日 (土)

ハクサンチドリ 林間学校の思い出 その2

名前 ハクサンチドリ(白山千鳥)
分類 ラン科
花期 6月~8月
生育地 高山
私が出会った場所 群馬・至仏山、長野・岩菅山、八方尾根、千畳敷カール 他

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 前回の寫眞館「ギンリョウソウ」で林間学校の紹介をした。その時の林間学校でもう一つ、印象に残っている花がある。それはハクサンチドリ。出会った山は、志賀高原にある岩菅山。

 岩菅山は高山である。山登りが苦手な生徒達はへとへとになっていた。私は最後尾の生徒につき、生徒達を励まし励まし登った。花を紹介しながら、ゆっくりゆっくり登った。そして、頂上近くの難所のざれ場でハクサンチドリに出会った。美しい蘭の花をじっくり味わい、そしてなんとか頂上にたどり着いた。

 登山の後、夕食のバーベキューが美味しかったこと。そして、その後行われたキャンプファイヤー。
  暗闇の中に浮かび上がる炎、そして谷川俊太郎の「生きる」の詩が、闇と炎の中を静かな響きとして流れていく。炎がすべて消えた後、打ち上げられた花火の美しかったこと。実行委員達の目から涙がこぼれ、そしてその涙は波紋のように伝わっていった。

  あのとき「生きる」とともに読まれた、まど・みちおの詩「山のてっぺん」をあの当時の実行委員は覚えているだろうか。実行委員達が、この詩が今の私たちにぴったりと選んできた詩だった。

   山のてっぺん まど・みちお

ふもとの小川までおりてきて
ふりかえると
山のてっぺんは 空の中にまだ明るい

ほら あそこに
豆つぶみたいになって ぼくたちがいる
豆つぶなのに
あんなに よく見えて
さっきのままに 風にふかれて
まわりの山々や
とおい町や
町のむこうの海や
海のもっとむこうにかすむ明日へ
あんなに まぶしく手をふって

いつか また
あそこへ登っていく日のぼくたちを
あのまま ああして
待っているかのように

  この詩はあのときの自分たちにぴったりなのではなく、あのときから何年もの時が経過した今にぴったりなのではないかと思う。あの頃の私たちが、岩菅山の頂上で待っている気がする。あの頃の私たちに会ってみたいと思う。話してみたいと思う。

ハクサンチドリは思い出深い花だ。

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2008年4月27日 (日)

スミレ(菫) アテナイのシンボルであった花

名前 スミレ(菫)
分類 スミレ科スミレ属
花期 4月~5月
生育地 日本全土の人家付近から丘陵まで
私が出会った場所 埼玉県春日部市、杉戸町、久喜市 他

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 スミレにはたくさんの種類がある。写真のスミレは、スミレの中のスミレ。
 人里に多く、「万葉集」にも登場するなど、古くから親しまれてきた花である。

 古代ギリシャではスミレはアテナイのシンボルであったという。アテナイ人は墓にスミレを供えた。また、ローマ人はその風習を継承し、スミレを墓に捧げに行く日を「スミレの日」と呼んだという。

 

 私は子どもの頃、野原で見つけたスミレを家に持ち帰り庭に植えた。その紫色の花が私を引きつけて放さなかったからである。スミレは枯れることなく、ずっとずっと庭の植えた場所で生きた。種もつけた。しかし、毎年知らず知らずのうちに種をつけているのだ。いつも気にしているのに、どうして花を見ることができないのかそれが不思議だった。大人になって閉鎖花の存在を知るまで。閉鎖花とは,花を開かずに,自分で種子を作ってしまう花。自宅の庭は条件が悪かったのか、スミレは花を咲かせず閉鎖花だけを作ったようだ。閉鎖花という存在を知らなかった私は、毎年、今年も花が咲いたのを見逃したと残念がったのであった。

  私が勤務している中学校の駐車場にスミレが咲いていた。今でも、子どもの時のようにスミレにときめきを感じることができることが嬉しい。

撮影 平成20年4月 久喜市

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2008年3月31日 (月)

コブシ 初めての担任・お別れ会・そしてコブシの花

名前 コブシ(辛夷)
分類 モクレン科モクレン属
花期 3月~4月
生育地 丘陵、山地
私が出会った場所 東京都・高尾山、群馬県・伊香保森林公園、長野県・戸隠森林公園
類似種との違い タムシバというコブシとそっくりの花を咲かせる気があるが、コブシはコブシは花の下に小葉がある。タムシバにはない。

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 コブシの花をみると思い出すことがある。
 それは教師になって初めて担任したクラスのことである。

 私のクラスは1年2組だった。初めての担任ということで、がむしゃらに生徒とぶつかった。ずいぶんへまもしたがたくさんの涙と笑いがあった。毎日、毎日が新鮮だった。

 終了式の前日の午後、クラスのお別れ会が開かれた。班の出し物、歌、ゲームなど生徒が企画したお別れ会。ゲームも生徒と一緒に参加した。罰ゲームなどもやらなければならなかったりした。そんなお別れ会の終盤、「これなーに?」というゲームが始まった。

 指名された数名の生徒が水槽の中にあるものを手で触って当てる。豆腐などはまだいい、ねばねばの納豆であったり生卵であったり、「うわー」という感じのゲームだった。そして「最後は先生お願いします」。みんなの盛大な拍手の中、拒否することができず私は目隠しをした。いったい、私はどんなものを触らなければならないのだろう。恐る恐る手を水槽の中に入れた、生徒の悲鳴のような叫び声が聞こえる。思わず手を引っ込めた。また、手を入れる。しかし、手は何も触れることができない。「もっと下、もっと下」と生徒たち。私を恐る恐る水槽の下まで手を伸ばした。いくら私が初めて担任をした若造の教師だとしても、ぱちんと手を挟むねずみとりのような仕掛けを試みたりはしないはずだと信じて。

  手は、何か薄いものに触れた。両手で形を確かめると、それは四角形のとても軽い何かだった。しかし、私が想像するものの中にどうしてもその物体と合致するものは存在しない。私は、降参した。目を開けると、私の手にあったものはメッセージカードだった。「先生、一年間ありがとうございました」と書かれていた。胸が熱くなって、そのカードを見つめて、ただ何も言わずに立っていた。生徒たちの顔は笑顔だった。

  驚きはそれだけでは終わらなかった。黒板に貼られている模造紙に書かれたプログラム。そのプログラムには中ほどに折りこんで隠されている部分があり、学級委員がその折り込みを伸ばすと、そこに「先生感動のコーナー」という文字が現れのだ。「なんだなんだ」とびっくりしていると、学級委員の男子が私へのメッセージを書いた原稿用紙を取り出して読み出した。

  その原稿用紙は前日、私が「初めての担任としての記念にするから、どんなことでもいいから書いて提出してくれ」と全員に渡したものだった。その気持ちに応えて、この日の朝、みんながみんな何枚もに及ぶ熱いメッセージを書いて提出してくれたのだった。しかし、絶対忘れるはずのないクラスをまとめ続けてきた男子学級委員だけが、「本当にすみません、家に置いてきてしまいました」といって提出しなかったのだ。まだ未熟だった私は、「なぜおまえが」とみんなの前で怒ってしまった。そのなぜが、一瞬にして氷解した。提出しないで怒られることまでも計算に入れて、こんなことを企んでいたんだ。涙があふれ、止まらなくなった。生徒も泣き出した、誇張ではなく、みんな泣いた。

 お別れ会が終わり、私は外に出た。私の目の前には学校のシンボルであるコブシが満開の花を咲かせていた。この当時の私は植物のことを全然知らなかった。コブシという木はこの学校に来て覚えた。夕日に輝く、コブシがまぶしかった。
 
 コブシの花をみると私はあの日のことを思い出す。

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2008年3月30日 (日)

カワセミ(翡翠)② お別れの日の思い出 その2  

名前 カワセミ(翡翠)
分類 ブッポウソウ目カワセミ科
生育地 平地から低山の河川・池など
私がであった場所 埼玉県・久喜市、杉戸町、宮代町、春日部市、寄居町、さいたま市など、その他日本の多くの場所でであっている。

カワセミ(翡翠)① 『やまなし』の世界

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 教員生活2校目の最後の日がやってきた。顧問である演劇部の最後の部活動に何がふさわしいか考えた。そして考えに考えた末、自然劇場と名付けた自然観察会を開催することにした。
 以前の自然劇場では何度もであうことができたカワセミ。ところがこの3年間は毎回ふれら、なぜかカワセミを一度も見ることができないでいた。そのためカワセミは部員達の憧れの鳥となっていた。そのためカワセミを見ることを目的に自然劇場を開催した。

 前日、今日の自然劇場を成功させるためにカワセミさがしに出かけた。まずはとっておきの秘密の場所に出かける。今までは百%の確率でカワセミを見ている場所だ。到着してすぐドボンという水音が聞こえる。音のする方を見るとカワセミが魚を加えて水の中から飛びだしてきた。そのカワセミがとまったところにはメスのカワセミが。
「明日、ここに来れば大丈夫」、そう確信した。

 集合は9:00学校の校門。「カワセミ見られますか」の質問には「うん、100%見られるよ」と自信を持って答える。そして早速目的地に、近道をしようとして道を間違え到着したのは10:30。カワセミは見あたらない。
 ダイサギ、コサギの白サギの仲間、カルガモ、オナガ、シメ、キセキレイ等々たくさんの鳥を見ることができるが、カワセミだけがどうしても出てくれない。実は自分自身の片づけもあるため、見られたらすぐ学校に戻るつもりでいたが、「カワセミを見たい」という部員達の強い気持ちを感じ、昼を食べた後もカワセミを待つことに。いつもは待ちの鳥見をしない自分だが、今日ばかりは…。

 午後は雨という予報であったが、幸い雨は降らずお日様も顔を出す天気に。しかし…。3:30になった段階で帰る決断をした。
 最後の自然劇場だっていうのに…。「目的の鳥が見られなくても楽しい、自然劇場はそうでなくてはいけない」と常日頃からいっている自分も今日ばかりはそこはかとなく淋しい。ここでの100%はその時なくなった。

 帰る途中一人の自転車がパンクした。みんなが交代でその自転車押して走った。そのため帰りは更に遅くなる。予期せぬドラマはそこから始まった。

 学校近くのロードレースのコースとして使っている砂利道の横に、少なくともきれいとはいえない堀が流れている。最後の望みを託して、その堀を望遠鏡で見てみる。コガモとカルガモがいた。キセキレイが川辺を歩いている。「キセキレイが奇跡を起こす」という冗談を言ったその時。
「チー」という鳴き声が聞こえてきた。
「カワセミ!」その鳴き声に条件反射で言葉が飛び出た。
遠く、堀の先の先からこちらに向かって1羽の鳥が水面すれすれを飛んできた。
カワセミだった。
カワセミは僕らの手前で急上昇し、背中のコバルトブルーをしっかりこちらに示した後、飛び去っていった。
部員全員がその姿を見ることができた。
歓声が上がる、何度も何度も拍手が起こる。こぼれる笑顔、笑顔、笑顔。

 あの時一人の生徒の自転車がパンクしなければ、もっと早くここを通り過ぎて見られなかったかもしれない。パンクしてくれてありがとう、そんな言葉も飛び出していた。こんな汚いところにカワセミがいるはずないと思ったら見ることができなかった。最後まで可能性を信じてよかった。脚本に書いたらいかにも作られたドラマとなってしまうようなこの状況。これが現実に起こるのだから人生って面白い。なんどもなんども見ようとしてみられなかったカワセミ。それがこんな形で最後の最後に現れるなんて。
彼/彼女らは今日のこの感動を死ぬまで忘れないだろう。これはけっして大袈裟な言葉ではない。

 自然はお別れに素敵なドラマをプレゼントしてくれた。自然を心から愛し続けてきたことへのご褒美だろうか。カワセミを見たときのあの笑顔を胸に、明日から新しい学校でがんばっていこうと思った。

撮影 さいたま市岩槻城址公園(本文の内容の日に写した写真ではありません)

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2008年3月29日 (土)

フデリンドウ  お別れの日の思い出

名前 フデリンドウ(筆竜胆)
分類 リンドウ科リンドウ属
生育地 平地から山地  
私がであった場所 埼玉県・蓮田市、春日部市、栃木県・竜王峡 その他

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 リンドウは秋に咲く花だと思っていた。しかし、日本には春に咲くリンドウが3種類あったのだ。その一つがフデリンドウ。

 この花を初めて認識したのは、忘れもしない教師となって初めて勤務した学校での最後の日。初めて教員になってから10年後の3月31日のことである。私は朝の新聞を見て愕然とした。なぜか毎年紹介されていた異動する教員が掲載されていないのだ。自分の異動を自分の口で私が顧問を務めている演劇部員に伝えるということはとてもつらく苦しいことだった、できれは部員が新聞を見てそこで知り、覚悟を決めて部活に来てほしかった。しかし…。登校してきた演劇部員は皆笑顔だった。
 そんな笑顔の生徒たちを集めて、異動の話をした。そして、何度も自然観察に訪れた黒浜沼に出かけることを提案した。
私のあとを継いでくれる顧問の先生のためにも、お別れ会的なしめっぽくて、後を引くような別れはしたくなかった。今後のしっかりした見通しも話し、部員達もちょっと安心し、笑顔での自然観察会が始まった。そんなとき、部員の一人が
「先生、この青い花なんですか」
と聞いてきた。それが、この花だった。
 私は、この年免許外で1年生の理科を担当したことから、学校周辺の草花を覚えた。そして、覚えているうちに草花に興味を持った。わからない草花を見つけると、すぐに理科の先生に聞き、それでもわからない時には図鑑で調べた。そうしてこの周辺の植物ならほとんどなんだかわかると言えるくらいになった。しかし、この花は何かわからなかった。外国からやってきた園芸種の野生化したものではないかなどとも思った。
「離任式で来る時までに、調べておくよ。これはみんなとの思い出の花になったね」
そして離任式のスピーチで宿題の答えを話した。
「君たちとの思い出となったあの花はフデリンドウでした」

「青い花」という小説で有名なノヴァーリスに次のような文章がある。

すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
きこえるものは、きこえないものにさわっている。
感じられるものは感じられないものにさわっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。

好きな文章の一つだ。
その後私はフデリンドウを、急に目にするようになった。フデリンドウが急に増えたなどということはない。今までは目には入ってきていたのに、その映像をとらえていなかったのだ。「みえるもの」と「みえないもの」、それは 私自身 の世界が変わることで変わってくるものなのだと思う。
今の私がみえているものがさわっている、みえないものとはいったいどんなものなのだろう。

撮影 

上・埼玉県蓮田市
下・福島県いわき市

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2008年2月23日 (土)

ユリカモメ わたしはかもめ

名前 ユリカモメ(百合鷗)
分類 カモメ科
生息地・季節 全国の港、河川でもよく見られる・冬鳥
私が出会った場所 埼玉県・杉戸町、久喜市、さいたま市、千葉県・谷津干潟、三番瀬、銚子港、その他、多くの港で 

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上の写真はユリカモメの冬羽。下の写真はユリカモメの夏羽。夏羽になると頭部が黒くなる。この変化を知らない人が見れば、別種の鳥。

カモメから世界が広がる。

『かもめ』という戯曲がある。私の愛する、アントン・チェーホフの代表作だ。この作品を演出したスタニスラフスキーは私が心の糧としている演出家である。
チェーホフの戯曲『かもめ』にはニーナという魅力的な女性が登場する。女優を目指すニーナは愛するトリゴーリンに捨てられ、次第に狂気を帯びるようになる。
終幕近くニーナの狂気は彼女にこんな言葉を語らせる。

「わたしはかもめ… いえ、そうじゃない、わたしは女優、そうよ!」

「わたしはかもめ」という台詞。わたしにはとても懐かしい響きであった。チェーホフの『かもめ』のこの台詞を読んだとき、わたしの頭に浮かんだのは、ボストーク6号に登場した世界最初の女性宇宙飛行士テレシコワの言葉ではなかった。この言葉にウルトラQの『地底超特急西へ』を思い浮かべていた。このドラマで人工生命第1号M1号が宇宙で語る言葉「わたしはかもめ」をわたしは記憶していた。この言葉の背景を知らなかったからこそ、そのナンセンスさが心に残った。わたしはまだ幼稚園児だった。

カモメから世界が広がる。

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2007年8月16日 (木)

ルリボシカミキリ 憧れの中の憧れ

名前 ルリボシカミキリ(瑠璃星髪切)
分類  カミキリムシ科
出現時期 6月~9月
生息地 平地・山地の森や林
私が出会った場所 東京都・高尾山(3号路・山頂…7月下旬)

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憧れの虫というのがいる。ルリボシカミキリはその中の一つだ。虫屋にはこんなものも見ていないでよく虫好きといえるな、などと言われそうだが、そうなのだから仕方がない。

ルリボシカミキリに初めてであったのは高校の文化祭。私の家の隣にある高校の生物部はその文化祭で毎年昆虫の標本を展示していた。その中で私がもっとも美しいと思ったのが、ルリボシカミキリだった。生物部の人たちに一つくれないかと頼んだことを記憶している。あのときはもらえたのだったろうか?毎年、標本のルリボシカミキリには出会えたが、生きたルリボシカミキリにはずっと出会えないでいた。

ところがこの日、私は高尾山では何度も何度もルリボシカミキリに出会った。今まで出会えなかったことが不思議なほどに。
展示してあったルリボシカミキリも美しかったが、生きているそれの美しさといったら…

撮影 平成19年7月  高尾山

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