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2008年9月24日 (水)

キジョラン(鬼女蘭)   鬼女の生まれ変わり

名前 キジョラン(鬼女蘭)
分類 ガガイモ科キジョラン属
花期 8月~9月
生育地 常緑樹林内
私が出会った場所 東京都・高尾山

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 キジョランはランの仲間ではない、ガガイモ科のツル性の植物である。キジョランはどこででも出会える植物ではないが、高尾山ではそのキジョランに普通に出会うことができる。特に2号路では写真のような見事なキジョランに出会うことができる。

 キジョランの花に関心を持つ人はあまりいない。「これが花なの」と思うような花である。下の写真は望遠レンズを使って撮ったキジョランの花である。この花がいかに地味か理解できるであろう。

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Dscf0476kijoranjpg1jpg1キジョランは漢字で書けば鬼女蘭。和名は、種子の白毛を髪を振り乱した鬼女のものとみなしたことによる。そうキジョランの魅力はその種子なのである。冬から早春にかけて、高尾山ではこの白毛が風に舞う。

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このキジョランを食草とする蝶がいる。アサギマダラという美しい蝶だ。アサギマダラは、この白毛のように夢のようにひらひらと舞う。

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 アサギマダラという蝶は鬼女の生まれ変わりではないだろうか。鬼女の種子に出会って、そんなことを考えた。

◆関連記事 

アサギマダラ 渡りをする

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2008年9月21日 (日)

キツリフネ  私にさわらないで

名前 キツリフネ(黄釣舟)
分類 ツリフネソウ科ツリフネソウ属
花期 6月~9月
生育地 平地の渓流沿い、湿った林内
が出会った場所 日本全国の山で普通

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 帆掛け船のような形をした黄色い花ということでキツネフネという名前がつけられた。赤紫の花をつけるツリフネソウと同じ仲間である。キツネフネはツリフネソウとくらべやや高いところに自生する。

 学名は Impatiens noli-tangere 。属名Impatiensは「こらえきれないもの」という意味。Impatiensはインパチェンスという発音でホウセンカの仲間の属名である(日本で売られているインパチェンスはアフリカホウセンカ)。小種名noli-tangereは「私にさわらないで」。学名を属名、小種名と並べると「こらえきれない、私にさわらないで」となる。学名らしからぬ学名である。英名はTouch-me-not.フランス名はNe-me-touchez-pas、いずれも「私にさわらないで」花言葉も「私にさわらないで」である。

 なぜこのような世界的な共通性がうまれるのだろうか。それは熟した果実が、軽く触れただけで音を立ててはじけ飛ぶという性質に由来している。ホウセンカの仲間の特徴である。

 雨の礼文島で写真のキツリフネに出会った。女性的な花だと思った。清楚な美しさをまとったその花は「私にさわらないで」と語っているようだった。

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2008年9月19日 (金)

キキョウ  桔梗色の空

名前 キキョウ(桔梗)
分類 キキョウ科キキョウ属
花期 7月~9月
生育地 平地および山地
が出会った場所 野生では長野県にある日本百名山の麓で出会っただけ(8月初旬)

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 花に興味を持ってからしばらく、キキョウを園芸種だと思っていた。野生で見られる花ではないと思っていた。
 花に興味を持って山歩きを始め10年、野生のキキョウに長野県にある日本百名山の麓で初めて出会った。

 『万葉集』の山上憶良の歌に「秋の野の花を詠める二首」が載っている。

花を指折りかき数ふれば
七種の花
萩の花尾花(おばな)葛花(くずばな)
瞿麦(なでしこ)の花女郎花(おみなえし)
また藤袴(ふじばかま)朝顔の花

 さてこの歌の最後に詠まれている朝顔の花の正体は実はキキョウであると言われる。その根拠として朝顔が庭の花で野の花でないことや、朝顔はもともと日本にあった花ではなく、日本への渡来が平安時代であることから万葉集が編纂された奈良時代には見ることができない花であること等があげられている。

 宮澤賢治の名作『銀河鉄道の夜』には桔梗いろが銀河を覆う空の色として使われている。

がらんとしした桔梗いろの空から、さっき見たやうな鷺が、まるで雪の降るやうに、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞ひおりて来ました。

美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を実に何万といふ小さな鳥どもが幾組もめいめいせはしくせはしく鳴いて通って行くのでした。

 私は賢治の描く桔梗いろの空と鳥の取り合わせの美しさに圧倒された。目がくらむほどに美しい…
 賢治が好んだ美しい色を宿したキキョウが、野生で普通に見られるようになればいいと思う。

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2008年9月18日 (木)

ワレモコウ  さびしききわみを感じる花

名前 ワレモコウ(吾亦紅)
分類 バラ科
花期 7月~10月
生育地 平地および山地(山地では普通に見られる)
が出会った場所 埼玉県・久喜市、他、長野県・霧ガ峰、山梨県・大菩薩峠、群馬県・尾瀬ヶ原 その他多くの場所で 

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 バラ科であるが、花はどう見てもバラの仲間には見えない。しかし、その独特の風情はなぜか人を惹きつける。古くは「源氏物語」の匂宮の巻にも描かれ、現在は花材やドライフラワーでもよく使われている。

 「徒然草」には「家にありたき木は…、(中略)秋の草は荻薄、きちかう(キキョウのこと)、萩、女郎花、藤袴、しおに(シオンのこと)、われもかう…」とある。ワレモコウは兼好法師の美意識に適う花なのである。

 ワレモコウを描いた俳句や短歌には心惹かれる歌が多い。

吾も亦(また)紅(くれない)なりとひそやかに  高浜虚子
吾亦紅 すすきかるかや 秋草の さびしききはみ 君におくらむ 若山牧水

 さびしき極みをプレゼントする。何とすてきなプレゼントだろう。わびしき極みは美しさの極みでもあると私は感じる。さて、ワレモコウを描いた現代の詩を最後に紹介したい。    

      ワレモコウ まど・みちお

やあ!
と思わずぼくは
笑いかけたような気がする

やあ!
とひびくようにきみも
笑いかえしてきたような気がする

どこもかしこも
しらない草ばかりぼうぼうの
この草原にことしもきて
やっと見つけた顔なじみ
ワレモコウ!

やまびこの子どもが忘れていった
ボンボンのように
雲のハンカチの上にちらばって
五つ六つ

いまごろ
どこでどうしているだろう
「ワレモコウっていうのよ」
と教えてくれた
あの去年の
リスのような目の女の子は

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2008年9月12日 (金)

キンエノコロ 黄金色の草地

名前 キンエノコロ(金狗尾草)
分類 イネ科エノコログサ属
生育地  道ばた、草原
私が出会った場所 埼玉県・春日部市内牧サイクリングロード、杉戸町、宮代町、栃木県・日光駅周辺、福島県・大内宿 他多数

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賢治に『どんぐりと山猫』という童話がある。童話集『注文の多い料理店』の第1話である。主人公の一郎は山猫から「めんどなさいばん」への出頭状をもらい、翌日、谷川に沿った小道を上の方に上っていく。そんな彼の前に突然黄金(きん)いろの草地が現れる。

  一郎がすこし行きましたら、谷川にそったみちは、もう細くなって消えてしまいました。そして谷川の南の、まっ黒な榧(かや)の木の森の方へ、あたらしいちいさなみちがついていました。
  一郎はそのみちをのぼって行きました。榧の枝はまっくろに重なりあって、青ぞらは一きれも見えず、みちは大へん急な坂になりました。一郎が顔をまっかにして、汗(あせ)をぽとぽとおとしながら、その坂をのぼりますと、にわかにぱっと明るくなって、眼がちくっとしました。そこはうつくしい黄金(きん)いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まわりは立派なオリーブいろのかやの木のもりでかこまれてありました。
 その草地のまん中に、せいの低いおかしな形の男が、膝(ひざ)を曲げて手に革鞭(かわむち)をもって、だまってこっちをみていたのです。

  多くの人が黄金いろの草地は想像上の世界だと思うだろう。しかし、黄金いろの草地は存在する。ドングリの季節、キンエノコロの草原は夕日を浴び黄金いろの草地となる。この言葉を失うほどの美しい世界を、埼玉の平地ではどこでも普通に見ることができる。
 埼玉県春日部市に内牧サイクリングロードという場所がある。私はそこで夕方走るのが好きだった。特に秋の夕暮れ、道ばたのキンエノコロを見ながら走るときの幸せといったら…。お金は全くかからない、贅沢である。

撮影 上から

 平成18年9月23日 日光・大谷川
 平成19年 杉戸町高野台

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2008年9月 9日 (火)

オニヤンマ  「オニヤンマ記念日」

名前 オニヤンマ(鬼ヤンマ)
分類 オニヤンマ科
出現期 6月~10月
生息地 日本全土の平地から山地
私が出会った場所 埼玉県・久喜市(9月)、北本町(8月)、福島県・磐梯山(7月下旬)、栃木県・花之江の里(9月初旬)

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蜻蛉行くうしろ姿の大きさよ   中村草田男

 オニヤンマは大きなトンボである。日本最大のトンボである。オニヤンマは鬼ヤンマ、なにやら恐ろしげな名前であるが、その名前は鬼のような顔つきと共に黒と黄の縞模様が鬼がはくとら柄のふんどしを連想させるという理由からついた、ということを知ると思わず吹き出しそうになる。

 そんなオニヤンマが教室に飛び込んできた。給食時のことである。さすがにこの大きなトンボにクラスの生徒たちもびっくり。このオニヤンマ、はじめは教室中を所狭しと飛び回っていたが、しばらく飛び回った後、天井からの吊りものにとまり、そのまま1時間以上もそこに静止していた。しめたとばかり、デジカメで撮影。はじめは驚いていたクラスの生徒たちも、初めて見る巨大なトンボに興味をもち、みんなが近づいては様々な方向から眺めだす。昼休みになると他クラスの生徒、他学年の生徒、先生と次から次へとオニヤンマを眺めにやってくる。私はこの世界をとてもすてきだと感じた。

 5時間目の学活になってもオニヤンマはそのまま。私は黒板にオニヤンマと書いて、オニヤンマと私の出会いの話を始めた。自然が今より多いと思われている40年前の私の少年時代でも、オニヤンマはそれほど多く見られるトンボではなかったということ。オニヤンマには何回か出会ったことがあるが、こんなふうに静止しているオニヤンマに出会ったのは、長い人生で二度目であること。最初の出会いは磐梯山の頂上であったことなどなど(一枚目の写真はそのとき撮ったもの)。

 ちょうど話が終わった後、オニヤンマは飛びたち窓から外に出て行った。その日の学級日誌にはオニヤンマの出現が生き生きと書かれていた。ということで今日は「オニヤンマ記念日」

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 最後にオニヤンマを描いた八木重吉の詩を紹介しよう。

 大山とんぼ 八木重吉

大山とんぼを知っているか
くろくて巨きくてすごいようだ
きょう
昼ひなか
くやしいことをきいたので
赤んぼを抱いてでたらば
大山とんぼが路にうかんでた
みしみしあっちへゆくので
わたしもぐんぐんくっついていった

※詩集の解説に大山とんぼはオニヤンマのことと書かれている。この詩の表現からはオニヤンマでよいのではないかと思う。ただ、オオヤマトンボというオニヤンマとは違ったトンボが存在するという事実もある。

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2008年9月 7日 (日)

ミヤマシロチョウ  半透明の白い衣服

名前 ミヤマシロチョウ(深山白蝶)
分類 シロチョウ科
出現期 7月上旬~8月上旬 年1回発生
生息地 本州中部亜高山帯
私が出会った場所 長野県・烏帽子岳(8月上旬)

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 2008年8月上旬、湯ノ丸山と烏帽子岳に登った。湯ノ丸山の登山道に大きな看板が立っていた。そしてそこに群馬県嬬恋村の山地には群馬県指定のミヤマシロチョウ、ベニヒカゲ、ミヤマモンキチョウが自然の中で生息していること、捕獲等すると罰せられることが書かれていた。

 この3種類の蝶の中で、まだ出会っていない蝶、それがミヤマシロチョウだった。ベニヒカゲとミヤマモンキチョウとはすんなり出会うことができたが、ミヤマシロチョウとだけどうしても出会うことができなかった。しかたがないとあきらめたとき、白い妖精が目の前に現れた。初めての出会いだったので、それが本当にミヤマシロチョウかどうか自信がなかった。夢中で写真に撮り、家でその写真を確認し、ミヤマシロチョウだったのだと確信が持てた。

 北杜夫は『どくとるマンボウ昆虫記』で高山蝶は「小柄でも高貴な相がある」と形容している。そして「彼女らがもともと北国の冷たく清らかな大気から生まれたことがその一因であろう」と、彼女らの美しさの理由を説明している。そして、彼はミヤマシロチョウに次のような賛辞を送っている。

ミヤマシロチョウは、半透明の白い衣服しか身にまとっていない。それでも大衆の蝶モンシロチョウにくらべればあきらかにその棲息地が推測できる。

 ミヤマシロチョウという清楚な妖精がいつまでも生き続けてほしいと願う。

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2008年9月 6日 (土)

ツリガネニンジン  露とともに輝く花

名前 ツリガネニンジン(釣鐘人参)
分類 キキョウ科
花期 8月~10月
生育地 平地および山地(山地では普通に見られる)
が出会った場所 埼玉県・春日部市、北海道・礼文島・利尻島、長野県・四阿山、福島県・安達太良山、その他日本各地の山野で

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 ツリガネニンジンはキキョウ科の多年草。和名は花の形を釣り鐘に、根を薬用の朝鮮人参にたとえたもの。俗謡で「山でうまいはおけらにととき」とある。そのとときがツリガネニンジン。若芽は癖がなくやわらかで様々な料理方法で食される。

 上の写真は霧に包まれた礼文島で撮ったもの。ツリガネニンジンは朝露の似合う花だ。宮澤賢治もツリガネソウの名前でこの花を詩や童話に登場させている。まずは童話「貝の火」を眺めてみよう。

風が吹いて草の露がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘を、「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。

次に「春と修羅 第二集」から 「山の晨明に関する童話風の構想」の一部を紹介したい。

さうしてどうだ
風が吹くと 風が吹くと
傾斜になったいちめんの釣鐘草(ブリユーベル)の花に
かゞやかに かがやかに
またうつくしく露がきらめき
わたくしもどこかへ行ってしまひさうになる…… 

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 宮澤賢治にとっても、この花は露と深く結びついているようである。朝霧の中、この世のものとは思えない美しさに、わたしもどこかへ行ってしまいそうになる。

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2008年9月 3日 (水)

バンダイクワガタ 百名山・磐梯山の固有種との出会い

名前 バンダイクワガタ (磐梯鍬形)
分類 ゴマノハグサ科
生育地と花期 磐梯山特産(6月から7月前半)

私が出会った場所 裏磐梯(7月後半)

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明治二十一年七月十五日の朝、磐梯山は大爆発をした。噴き上げた濃い灰のため、しばらくは四方暗黒、遠くから眺めると、柱状をなした煙の高さは、磐梯山の、三、四倍に達した。やがてその煙は傘のように広がって、大空を覆ったという。

 深田久弥の日本百名山「磐梯山」はこんな書き出しで語られる。
 これだけの噴火は生態系にも多大な影響をもたらしただろう。磐梯山にはバンダイクワガタという特産種がある。平地で普通に見ることができるオオイヌノフグリの仲間である。この植物はその噴火の後も生き残り、今も登山者を楽しませている。

 2008年6月、何度か週末に磐梯山登山を試みようとした、磐梯山に登るなら磐梯山特産のバンダイクワガタが咲いている時期に登りたいと思ったからだ。しかし、仕事と天気の関係で登ることができなかった。

 そして同年7月末、磐梯山に登った。バンダイクワガタとの出会いはまったく期待していなかった。しかし…、たった一株だけ咲いていた。「ありがとう」という気持ちでいっぱいになった。

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2008年9月 1日 (月)

コムラサキ 少年の日の思い出

名前 コムラサキ(小紫)
分類 タテハチョウ科タテハチョウ亜科
生息地と時期 河川敷などヤナギ類の映えている場所
私が出会った場所 裏磐梯(7月下旬)、埼玉県さいたま市岩槻地区(荒川河川敷)、尾瀬ヶ原

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 中学校の国語で出会った作品の中で特に心に残っている「少年の日の思い出」。私が出会ったときから30年以上たった今も、この作品は教科書の中に生き残っている。

 「少年の日の思い出」の主人公である僕は、非の打ち所のない少年エーミールが捕まえたというクジャクヤママユを逆らいがたい欲望に負け盗み、そして、その蝶をつぶしてしまう。ラストで少年はエーミールに盗んだことを告白するが、エーミールは「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」といい、どんることもなくただ軽蔑のまなざしで見る。僕は家に帰ったあと、大切にしていた標本の蝶をひとつひとつとりだし指で粉々につぶしてしまう。

 感動のラストというものではない、中学生には重くつらくのしかかるラスト、それだからこそ、30年以上たっても心に残っているのかもしれない。主人公の僕とエーミールの出会いで重要な役割をするのがコムラサキ。それはこんな風に描かれている。

ある時、ぼくは、ぼくらのところでは珍しい青いコムラサキを捕らえた。それを展翅し、乾いたときに、得意のあまり、せめて隣の子供にだけは見せよう、という気になった。それは、中庭の向こうに住んでいる先生の息子だった。この少年は、非の打ち所がないという悪徳をもっていた。それは子供としては二倍も気味悪い性格だった。(中略)そのため、ぼくはねたみ、嘆賞しながら彼を憎んでいた。
この少年にコムラサキを見せた。彼は専門家らしく、それを鑑定し、その珍しいことを認め、二十ペ二ぐらいの現金の値打ちはある、と値踏みした。しかし、それからかれは難癖をつけ始め…、(中略)

 さて、コムラサキであるが教科書の注には「タテハチョウ科。黒褐色の地色に、黄褐色の斑紋がある」と紹介されている。たしかにそうかもしれない、しかしこれではコムラサキの紫が十分に紹介されていない。確かに地色は黒褐色である。しかし、それはひかりの干渉によって紫色に光り輝くのだ。それは、幻の紫色なのかもしれない。しかし、写真でもその紫は紫にしっかりと記録される。黒褐色も紫も私にとっては本当の色だ。

 写真を撮りだしてからは、なかなか出会うことができなかった蝶であったが、裏磐梯ではここにもかここにもかというほどたくさんのコムラサキに出会うことができた。

 写真 平成20年7月下旬 裏磐梯

◆関連記事 キアゲハ 「少年の日の思い出」   

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ジョウザンミドリシジミ ゼフィルスと呼ばれる蝶

名前 ジョウザンミドリシジミ(定山緑小灰蝶)
分類 シジミチョウ科ミドリシジミ亜科
生息地と時期 ミズナラ・コナラ林
私が出会った場所 磐梯山(7月後半)

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 磐梯山登山口は霧の中であった。その霧の中、青く光る蝶が無数に飛び交っていた。夢のような景色であった。その蝶はジョウザンミドリシジミ。

 ミドリシジミの仲間をゼフィルスという。ゼフィルスとはなんのことだろう。分類学のレベルが低かった時代に、樹上性のシジミチョウの仲間を総括してZephyrusと呼んでいたのが始まりだという。語源はギリシャ神話の西風の神ゼピュロスである。

 子どもの頃の私に昆虫と共に多くの影響を与えたのは手塚治虫だ。私はアトムの大ファンだった。手塚治虫が虫マニアであったことを知ったのは後のことだが、子どもの時の私は手塚治虫の中にそれを感じ取っていたのかもしれない。

 手塚治虫は生涯3回ゼフィルスという名前を作品に使っている。一つ目はユニコに登場する西風の精ゼフィルス。二つ目は「ゼフィルス」というタイトルでミドリシジミを扱った作品。この作品に登場するゼフィルスはウラジロミドリシジミ。昆虫少年であった手塚治虫だからこそ生み出せた作品で、同じく昆虫作品であった私は、強く深い感動を味わうことができた。そして、三つ目は「地球を呑む」の謎の美女に与えられた名前である。ミドリシジミと謎の美女を重ね合わせる気持ちは、ミドリシジミの仲間のあの美しさに触れたものなら理解できるはずだ。

 霧の中を青い光を振りまきながら舞う、ジョウザンミドリシジミたちは、夢であった。

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