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2014年1月に作成された記事

2014年1月16日 (木)

モノトーンの森に惹かれる

昨日、植田正治について書いた。植田正治が惹かれるのが砂丘であるように、私は森に惹かれる。冬のモノトーンの森は美しい。さて自分が美しいと思った様を写真で表現できただろうか。

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             湯野上温泉 撮影・斉藤俊雄 (平成25年12月28日)

2014年1月15日 (水)

植田正治のつくりかた

 東京駅ステーションギャラリーで行われていた写真家・植田正治の写真展「植田正治のつくり方」を12月30日に妻と2人で見に行く予定だった。ところが行く直前に、東京駅ステーションギャラリーが12月29日~1月1日まで休みであることに気がついた。それで1月2日に行くことにした。ところが1月1日に体調を崩してしまった。そのため1月2日は行くことを断念、3日も体調はよくならず断念。1月4日・5日は1日部活、展覧会は1月5日までということで、とうとう展覧会に行けなくなってしまった。

 悔しいので、Amazonで写真集「植田正治のつくり方」を購入、そして録画しておいた「日曜美術館」(昨年放送)の植田正治特集を見て、行ったような気持ちになることにした。

 そして、なぜ自分が砂丘の写真家と呼ばれる植田正治に惹かれるかが理解できた。「砂丘は巨大なホリゾント」、そう彼は言う。彼の言葉が意味するホリゾントは、ただ白いだけの色のつかない幕としてのホリゾント。私も色がつかないホリゾントが好きだ。更に大黒や、無機質な灰色の壁が好きだ。背景は役者の表現を通して、観客の脳裏に創られる。そう考えている。

 「植田正治のつくり方」には、今や世界的な写真家の1人として名が通っている彼も、悪意としかとれない棘のある酷評に晒されたことが記録されていた。読んだ後、気持ちが悪くなる批評。この批評家は彼をこき下ろすことで自分の存在を示したのだろう。誰かを批判することによって、自分が注目されるようなことはしたくないと思った。

2014年1月14日 (火)

雪景色

 2013年暮れの27日、午前中「アトム」の4回目の通し練習を行って、午後から会津の湯野上温泉に行った。その日から大雪になるという予報が出ていた。到着するとそこは雪国だった。2泊3日の旅は大雪と共に始まった。

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 翌日、雪の中、宿のまわりを妻と散策した。雪の中から立ち現れる柿の木に美を感じた。私は写真を撮る時、写真に様々なものが写し込まれているものよりも、雪のような単一の背景から撮りたい対象が浮かび上がる構図を好む。私が劇の背景に何もない空間を選ぶのも、その方が生徒たちによる表現が、はっきりとした輪郭を持って浮かび上がってくると考えているからだ。

 2日目は会津地方に大雪警報が発令された。午後は旅館に籠もり、窓から様々な雪景色を撮影した。そして何度も何度も温泉につかり、そこから眺める雪景色を堪能し、雪景色の向こうに「アトム」を思い描くことを繰り返し、1月4日に配布する「アトム」の最終稿が完成した。

2014年1月13日 (月)

都大会 『応援歌』と『青空』

 都大会で上演される2本の斉藤俊雄作品を見に行った。はじめは自分だけで見に行くつもりでいたが、2年生が昨年自分たちが上演した『応援歌』を観たいと強く主張するので、連れて行くことにした。

 『応援歌』の目黒区立第四中学校演劇部は過去に私の『春一番』、『とも』、そして今日の『応援歌』を上演している。そして、いずれの作品も都大会に選出されている。この3作品は作品の一部が繋がっている。その繋がりを楽しみながら上演していることがわかり、とても嬉しかった。観ていて途中涙がこぼれた。まわりにも泣いている方がいて、作者として嬉しかった。

 『青空』の江戸川区立小松川第一中学校は昨年『ふるさと』を上演している。目黒区立第四中学校演劇部と同様に昨年も都大会に選出されている。2年連続で自分の作品を取り上げてくれたことがとても嬉しい。劇中で学校が停電となり、戦争の展示で囲まれた教室が戦時下の状況と重なっていく後半、観客が劇世界に吸い込まれていく様子が肌で感じられた。2度3度と涙がこぼれた。

 この冬1番の寒波でホールの外の風は冷たかったが、温かい思いを胸に久喜に帰ることができた。

2014年1月12日 (日)

『アトム』に届けられた感想

『アトム』が最優秀賞をいただいて5日。今日までにすてきな感想をたくさんいただいた。

そのうちの1つをここで紹介したい。

◆◆

『アトム』、素敵な作品でした。

いつもの斉藤先生の作品どおり、

原爆や原発の中に、架空の話を入れ込むのでなく、

普通の子どもたちが、その感性の中で戦争や原発の問題に触れ、

そこで揺れ動く気持ちを、

草葉が風に揺れるように描いているところ、堪能しました。

作品中の子どもたちの関係も、深いですね。

こんなことを感じあい、言い合える仲間がいたら、

どんなに素敵だろうと思いました。

いくつかの台詞は、ノートに書き留めさせてもらいました。

◆◆

届けられ感想の何枚かに「ラストで涙した」と書かれていた。大変に嬉しい事だ。ラストは「鉄腕アトム」のテーマが高らかに響く最高に明るいシーンなのだ。そこで涙した人は物語全体をかみしめ、物語全部を抱きしめて泣いてくれたに違いない。だからこそ嬉しい。

『アトム』はこれから2ヶ月の休みとなる。関東大会までに新しい積み木を増やす活動が始まった。

2014年1月11日 (土)

浜千鳥と春一番

 私は酒が大好きだ。真夏に飲むビールとともに好きなのが日本酒。秋に訪れた大船渡で「浜千鳥」というお酒を紹介され、今まで以上に日本酒が好きになった。この酒を飲む時には、赤崎中学校の生徒たちと取り組んだ「ふるさと」の思い出がうま味となって加味されるから、その味と来たら格別だ。そんな意味で「浜千鳥」は特別なお酒である。

 会津では宿泊した旅館で「春一番」いう酒に出合い、名前を見た瞬間注文した。私の劇に「春一番」という作品があるからだ。「春一番」もうまかった。うまかったので帰りに一升瓶で買った。一升瓶は重く、自宅まで持ち帰るのは一苦労だったが、毎日、「春一番」を楽しめることに比較したら、苦労などなんでもない。

 今は「浜千鳥」と「春一番」を日替わりに楽しんでいる。

2014年1月 5日 (日)

明日また劇がやりたいと思わせてくれる言葉たち

 1月4日と5日、合わせて7人のOGがリハーサルを見に太東中を訪れた。15年前活躍した先輩たちだ。当時上演した『生命の交響曲(いのちのシンフォニー)』は新聞紙上でも大きく取り上げられ、1200人定員の久喜総合文化会館大ホールが満員立ち見となった。また、世界的な映画監督であるイランのアボル・ファズル・ジャリリ監督が太東中演劇部の練習を観に来て、その取り組みを絶賛し、それが読売新聞で紹介されたのもこの代のことだった。休憩も含めて3時間近くになる演劇を中学生が上演したこと、その劇に1000人以上の観客が訪れたということはけっこうすごいことだったと思う。

 15年後、彼女たちもアラウンド30となった。そんな彼女たちが、最新作『アトム』を見て、声を出して笑ってくれ、そして終わった後は大きな拍手をして「よかった」「よかった」と口々に言ってくれた。

 現部員は彼女たちの舞台やダンスを映像で見ている。そのうちの一人は現在、桟敷童子というプロの劇団で活躍している。そんな先輩たちを、昨年の初めまでは「神」という言葉で表現していた現部員が、最近は「神」という言葉を使わなくなった。先輩を「神」という手が届かない存在ではなく、あこがれそして目標とする先輩として考えるようになったからだと思う。そんな目標としている先輩の一人が「私たちってこんなに上手かったっけ」なんてぽつりと言ったりするのだから、それは現部員たちは嬉しい。明日もこの劇をやりたいという気持ちでいっぱいになる。

 明日は本番前日。部員たちは、通しは1回ではなく2回やりたいと主張してくる。台詞が完全になじむまでやりたい、納得がいくまでやりたい、そう口々に言う。

 現在は大会に60分という時間制限があるため、以前のような長大な劇はできない、でも劇を観た先輩たちは「根っこは同じですね」と言う。15年前、彼女たちの先輩たちも明日また劇がやりたいという言葉を投げかけてくれた、そして、今も先輩たちはいつもそんな言葉を投げかけてくれる。先輩たちはいつも劇の魅力を伝えてくれる。

2014年1月 4日 (土)

原爆ドームと広島平和記念資料館、そしてアトム

この夏の中学校の全国総合文化祭(全国大会)の開催は山口県だった。私は山口県まで大会を見に行った。そこで自作の『なっちゃんの夏』(東京代表)と『応援歌』(北海道代表)の2作品が上演されたからだ。山口は遠かったが、行ってよかった。

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その帰り道に広島によった。そして、原爆ドームと広島平和記念資料館を訪れた。蝉時雨の中で最も音の大きなクマゼミの蝉時雨の降り注ぐ中で見た原爆ドームは、それを形容する言葉を選ぶのが難しい佇まいでそこに存在していた。思わず美しいという言葉が頭をよぎるのだが、同時に胸にちくりと痛みが伴うのだった。その時、原爆投下当時のドラマは書けないが、原爆ドームや広島平和記念資料館で原爆に触れた人のドラマなら書けるかもしれないと思った。そして、その思いが新作『アトム』に繋がった。

山口では過去の自分の作品に出会え、広島では私の新しい作品への大きなヒントを受け取った。『アトム』、あと3日で本番だ。

2014年1月 3日 (金)

小笠原・父島の「降るような星空」

 小笠原・父島の「降るような星空」という題からは、小笠原・父島で降るような星空を見たという話が始まりそうだが、そうではない。

 実は自作「降るような星空」は小笠原でも上演されているのだ。ただ届いた上演依頼は引っ越しのごたごたの中で紛失してしまったため、それがいつの上演だったのか、父島の中学の上演だったか、母島の中学の上演だったか、わからなくなっていた。

 それが、昨年夏の小笠原の旅でわかったのだ。父島のハートロックという場所へのトレッキングツアーに参加したのは私一人だった。ガイドの方と私の2人の旅となったため、プライベートな話も自由にすることができた。そんな中で、「降るような星空」が小笠原で上演されたことも話題となった。

 その夜、ガイドの方から携帯に電話があった、「斉藤さんですか。『降るような星空』を上演したの、僕の友人でした。ちょっと友人の一人に聞いてみたんですが、その友人たちが上演したそうです。とっても懐かしがってました」という内容だった。世の中には本当に親切な方がいるものである。おかげで、その上演が小笠原父島中学校で1994年に上演されたことがわかった。たしか日本への復帰記念行事での上演だったと記憶している。

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 劇の中ではない、実際の父島の降るような星空も素晴らしかった。その星空の中、宿泊場所のすぐ近くの浜辺で、産卵する3匹のアオウミガメに出会うことができた。闇の浜辺にうごめく天然記念物のオカヤドカリにも出会えた。そんな小笠原の素晴らしい自然と共に、自分の劇に出会うことができるなんて!自分はなんと幸せなんだろう。

写真 オカヤドカリ 2013年7月

2014年1月 2日 (木)

セザンヌの言葉

 昨日のブログを書くために、モネの「笛を吹く少年」について書いたメモ帳を参考にした際、その前日にメモしたセザンヌの言葉に久しぶりに出会った。NHK・BSの「巨匠たちの肖像・セザンヌ」で紹介された言葉である。セザンヌは次のように語る。

 「ルーブルに行きなさい、しかしそこに眠っている巨匠たちの作品を観た後は、急いで自然の中に入りなさい。自分の中に宿っている様々な本能や、芸術的感覚を自然との触れあいによって、生き生きと蘇らせなくてはならない」

 そうそう、その通りと思える言葉だ。私は巨匠と言われる演劇人の作品にどっぷりつかった後は、自然の中に入りたいと思うことがある。作品創りに苦しんでいる時は、演劇を見るよりも自然の中に浸ることで発想が生まれることが多い。昨年の夏は、世界自然遺産に選出された小笠原の父島に出かけた。

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なんと、父島に着いたその日に、まず見られることはないと言われていたアカガシラカラスバト(通称・アカポッポ)に出会ってしまった。その時は、奇跡が起きたと思った。地球上で80羽程度しかいないと言われていた鳥なのだから。一番見たかった鳥、でも見るのは不可能と考えていた鳥だった。数ヶ月後の読売新聞に小笠原で野猫の捕獲が進められたことで、アカガシラカラスバトは急激に回復しているという記事が載ったことで、それが奇跡的な出来事ではなかったことがわかったが…

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 小笠原丸での船の旅の途中では、初めて出会うカツオドリと日本ではなかなか見ることができないアカアシカツオドリをはじめとするたくさんの海鳥に出会うことができた。写真も撮ることができた。

 行きの船の中で「永遠の0」を読み始め、帰りの船で読み終えた。次回作の構想を練ったり、カクテルを楽しんだり、小笠原で知りあった人たちと語らいの時を過ごしたりとやることは盛りだくさん。25時間という船の旅も、全然飽きることがなかった。

 「芸術的感覚を自然との触れあいによって、生き生きと蘇らせる」というセザンヌの言葉、大切にしたい。

写真(上)アカガシラカラスバト
写真(下)アカアシカツオドリ

2014年1月 1日 (水)

笛を吹く少年 削ることで豊かになる芸術を目指して

本日、1月1日の読売新聞にマネの「笛を吹く少年」が大きく紹介されていた。

私がマネの作品で一番惹かれている絵である。

「草上の昼食」や「オランピア」のようなスキャンダラスな革新性にあふれた作品で世間を騒がした直後に描いたのが、「笛を吹く少年」。シンプルな絵に革新性が秘められている。そこにより強く惹かれる。当時の評価は散々だったようだ。

 何年か前にNHK・BSで「巨匠たちの肖像・マネ」が放送された時、私は次のようなメモを残している。

 「床と壁の区別がなく、灰色で描かれた背景によって、笛を吹く少年が浮き上がる。『笛を吹く少年』の背景をなくす方向性が、現在の自分の演劇の方向性に近いのだと思う。背景をできるだけ削ることによって、役者の表情、しぐさに観客の注意は向かうと考えたい。削って削って削ることで、なくなるのではなく、豊かになる。そんな作品が創りたい」

2年前の「ふるさと」は椅子と机だけ、昨年の「応援歌」は椅子だけの舞台だった。今回の「アトム」は椅子とテーブル。私は、背景に関しては、このメモにある思いを忠実に実践してきたと言っていいかもしれない。背景をシンプルにすることによって、演じる生徒の演技が際だつような舞台が創れるといい。

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