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2012年1月に作成された記事

2012年1月14日 (土)

新作『ふるさと』⑦ 「ふるさと」への感想を紹介します

先日の埼玉東部地区・茨城中学校演劇発表会で久喜中学校演劇部が上演した『ふるさと』への感想が届きましたので、紹介します。

◆◆◆~「祈り」をイメージしました~
BGMの美しいハミングに鳥肌が立ちました。等身大の子どもたちが、「心の中の観客」と称して私たち観客を巻き込み、拝見していて不思議な気持ちと共に引き込まれました。舞台上の世界観が膨らんで私たちを包み込んでしまったような感覚です。「ふるさと」という言葉を、単なる郷愁ではなく、心で繋がる絆のようなものに感じ、劇全体を通して「祈り」をイメージしました。演出力と、それに応える好演された生徒のみなさんに、心からの拍手を送ります。

◆◆◆~何かあたたかいもの、優しいものが心に残ったように思います~
一言、とても感動しました。本当に見ている間、一つ一つの言葉、行動に心が表現されていて心に響きました。何かあたたかいもの、優しいものが心に残ったように思います。歌もきれいで素晴らしかったです。私は久喜中の劇が大好きです。もっと見たいと思いました。なのでこれからも頑張ってください。

◆◆◆~きっと元気づけられると思います~
音響や凝った照明がなくてもこんなに感動することができるのだなとはじめて感じて驚いています。みなさんのアカペラの「ふるさと」は、私が今まで聞いた「ふるさと」の合唱の中で一番の感動でした。被災地のみなさんが観ても、きっと元気づけられると思います。素晴らしい劇を本当にありがとうございました。

2012年1月 8日 (日)

新作『ふるさと』⑥ 今日までの部活

 昨年のこの時期は本当に苦しんでいた。3年担当で進路事務と重なった中での創作。とりあえずの完成は12月25日のクリスマスだった。今年は、昨年の反省を活かし、劇作もオーディションも早めに取り組んだ。しかし、創作というものは時間さえあればできるというものではない。それに今年も昨年に引き続き3年担当。進路事務との重なりで、結局昨年同様の苦しみを味わうこととなった。とりあえずの完成は12月24日のクリスマスイブ。昨年より一日早く完成した。

 今回の主人公は関西弁を話す設定なので、24日の午前中、関西出身の部員とその母に台詞を添削してもらい、添削をもとに台詞を書き直してその日の午後1時にプリントアウト、そして印刷。2時に台本を全員に配った。

 静寂の中、部員が台本を読んでいく。毎年の恒例行事のようなものなのだが、これは私にとっては部員との真剣勝負のようなもの。その反応は楽しみでもあり怖くもある。部長と副部長の目からあふれ出てくる涙を見ることができて少し安心した。

 その日は1時間練習して下校となった。

 25日・26日の練習の中で変更すべき点が多々生まれ、27日に新しい台本を配布する。その日の練習で昨年の練習は終了し冬休みとなった。生徒が自分たちで創作する取り組みをずっと続けてきたことが活き、27日には止めながらではあるが台本なしで通すことができた。

 新年は1月4日から練習が始まった。この日は午前中練習し、午後初めての通し練習を行う。この通しに、8人が観に来てくれた。第1回目の通しはそれはトラブルだらけではあったが、それでも心に響くものがあったようで、劇の中盤からは一人、また一人と涙をぬぐう姿が増えていった。ただ、上演時間は72分。大幅に台本を変更する必要が生じた。

 翌1月5日。大幅に内容を削ったため、変更後の台本を配布する。午前中は変更した内容を覚えることで時間を使った。その日の午後の通しには、昨年の卒業生が家族で観に来てくれた。そして、親子で涙を流し、家族全員が元気をもらったといってくれた。ただ、大幅に内容を変更したにもかかわらず、上演時間は65分。更なる台本の変更を余儀なくされた。

1月6日、上演時間は59分58秒だった。
1月7日も8人が観に来てくれた。そのうちの3人が2回目の見学となったが、2回目でも感動は減らなかったということが嬉しかった。感想で「何度も何度も観たい」と言ってくれたことが嬉しかった。上演時間は58分台となった。

それにしても、観客の感想はみんなあったかい。そのあったかい感想に触れて部員の心も私の心もあったかくなる。元気になる。

 さて、いよいよ明日が本番だ。あったかい劇になればいい。元気の素になればいい。

2012年1月 7日 (土)

黒い赤とんぼと私たちの劇

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この黒っぽいトンボの写真をどう感じるだろう。あまり興味を抱く人はいないだろう。野外でこのトンボの写真を夢中で撮る人がいるだろうか。

私は自分たちが取り組んでいる劇について、詳しく紹介する。魅力を自ら語る。私はそうすることは必要なことだと信じている。

私が取り組んでいるのは中学生の劇だ。中には中学生の劇というだけで「あまり面白いものではないだろう」と判断してしまう人もいる。だから私は饒舌に魅力を語る。

さて、写真のトンボに話を戻そう。私は、この秋、乗鞍高原でこのトンボに出合った。そして夢中でこのトンボを追いかけ、写真を撮った。はじめて出合うトンボだったが、直感で、赤とんぼの仲間だと思った。日本に黒い赤とんぼがいることは本の知識で知っていた。これがきっとその黒い赤とんぼだと思った。それは、正解だった。家に戻ってから図鑑で調べ、これがムツアカネという黒い赤とんぼだと同定した。

中学生の演劇はこの写真のようなトンボのようなものだ。そこに存在していても、気がつかれずに見逃されてしまう。しかし、上の写真に「黒い赤とんぼのムツアカネ」という説明がつくと、黒くて地味なトンボに少し興味が湧くということもあるのではないか。「黒い赤とんぼ?なんだそりゃ。赤とんぼは赤いから赤とんぼだろうが。黒い赤とんぼってなんだ」なんて。中には立ち止まってみてくれる方もいるかもしれない。

このトンボを追いかける人は多くはない。多くはないが、追いかける人はかなりのトンボ好きである。だから遠くからこのトンボに会いに来る人もいる。黒い赤とんぼはどこにでもいるトンボではないのだ。

私たち中学生の劇を観に来る人も多くはない。でも、嬉しいことに昨年は長崎からわざわざ観に来てくれる方もいた。今回の新作『ふるさと』も、県外からわざわざ観に来てくれる方がいる。ムツトンボのような存在になるのもいいなと思う。数は少なくとも、心から愛してくれる方に観てもらいたいと思う。

2012年1月 6日 (金)

新作『ふるさと』⑤ 感動のある劇にしたい

感動にもいろいろある。感動なんて言葉を使うと安っぽく聞こえることもあることは理解している。でも、しかし、私たちが目指している劇のキーワードは感動だ。それは、号泣なんて言葉に私が感じる安っぽい感動ではない。心の深いところまで届く感動だ。心にしみる感動だ。

3年生の元部長が第1回の通しを行う日を聞いてきた。その時は、まだ脚本が完成していなかった。
「わからない。まだ脚本が完成してないから」
それに対しての返事は「決まったら教えてください。絶対観に行きます。絶対感動します」だった。
「あのね、次の劇がいいという保証は何もないんだよ。感動するかどうかはわからないよ」
「みんななら大丈夫です」
「みんなは大丈夫でも、僕の脚本がね…」
「大丈夫です」
彼女はそう断定した。
この断定は何なんだ。「もう本番まで時間がないのに大丈夫ですか」ではなく「大丈夫です」と言い切ってしまう、その思い。うれしすぎるぞ。
プレッシャーではあるが、この思いが自分を後押ししてくれるのだ。彼女を含めて通し練習を観に来る人は感動に浸れると信じて来る。私は、この1番身近なファンを感動させることを大切にしたい。

明日、第1回の通しを行う。卒業したOGからも明日観に来るという連絡が入った。保護者も来る、現役部員の保護者だけでなくOGの保護者まで観に来る。

私は『ふるさと』で、多くの中学生に元気を与えたいと願っている。まずは、明日、身近な大切な人たちに感動を通して元気を与えられたらと思う。まずはそこから。

とにかく、今回は堂々と宣言したい。キーワードは感動だ。

2012年1月 5日 (木)

身近なWhat A Wonderful World チョウゲンボウ

早朝、まだ日が昇る前、鋭くけたたましく鳴く声が聞こえてくる。

ふとんから起き出し、部屋の窓を開けると向こうの電柱のてっぺんにチョウゲンボウというタカがとまっていた。ずっととまっているのでカメラを用意して写真を撮った。

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こんな町中にタカがいるなんて、誰か他に気づいているかな。

2012年1月 4日 (水)

身近なWhat A Wonderful World ツミ

昨年の夏の話。久喜市役所に提出物を届けに行ったときのこと。駐車場で鋭くけたたましくなく声が聞こえてくる。声の聞こえてくる方に歩いていってツミというタカの子どもを見つけた。複数の子どもがいるところを見るとこの近くで巣立ったのだろう。

その日は休みを取っていたので、自宅にカメラを取りに行き、再び市役所を訪れた。そうしたらカメラマンが何人もきていた。どうやら鳥好きには連絡が回っているようだ。

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散歩している人たちの多くは、このタカの存在を知っていた。散歩しながらタカの巣立ちを見守っていたという。こんな自然とのおつきあい、いいなと思う。

2012年1月 3日 (火)

新作『ふるさと』④ What A Wonderful Worldを描いた劇に

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

12月30日、私は妻とジャズが流れる温泉宿に宿泊していた。食事をしているときに女性ジャズシンガーが歌う『What A Wonderful World』が流れてきた。

木々が緑で、バラが赤いこと。空が青くて、雲が白いこと。それだけで世界は素晴らしい。
「そうなんだよ。これなんだ。今の自分が描きたい世界は」
そう思った。

『ふるさと』の主人公・里美は、どんなにつらいときでも世界の素晴らしさを感じることができる少女だ。
彼女は身近な世界の中にも多くの人が気がつかない「すてき」を感じることができる。そんな彼女は、人の中にも「すてき」を感じる。人が気づかない「すてき」を見つけることができる。

劇の途中で彼女の前に現れる鳥。彼女はその鳥の青さを愛する。
鳥の名前はルリビタキ。幸せを呼ぶ青い鳥だ。

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『ふるさと』は私にとっての『What A Wonderful World』を描いた劇でもある。

写真 ルリビタキ 撮影場所 横谷渓谷

2012年1月 2日 (月)

新作『ふるさと』③  『上を向いて歩こう』のように

昨年NHK・BSで放送された、『上を向いて歩こう 日本人の希望の歌 その真実』は素晴らしいドキュメンタリーであった。

日本人の多くが苦しい時つらい時『上を向いて歩こう』を歌ってきた。
昨年も何度も何度も歌われた。映画『コクリコ坂から』の中でも使われた。
この歌は不思議な魅力を持った歌だと思う。私自身、この歌を歌うと泣きたい気持ちになる。涙がこぼれそうになる。でも、それはつらい涙ではなく、泣いた後気分が爽やかになる、そんな涙だ。

この歌の誕生の背景には安保闘争でうちひしがれた作詞家・永六輔の思いが込められているという。「泣いてなんかいられないけど、泣かずにはいられない」、この歌にはそんな思いが込められているという。

黒柳徹子はこの歌について涙ながらに次のように語った。
「この歌には喜びだけでなく、悲しみも吐き出させるものがあるんです」
この歌について語るだけで、泣きたい気持ちがわき起こる。凄い歌だと思う。

『上を向いて歩こう』のような劇にしたい。『ふるさと』を創りながらずっと思い続けてきたことだ。
泣ける劇にしたい。ただ、泣いた後に悲しくなるのではなく、泣いた後に爽やかになる劇。泣いた後にとってもすっきりした気持ちになる劇。そんな劇にもしたいと思っている。

新作『ふるさと』② 元気になる劇にしたい

 「故郷に何の思いも持たない生徒たちが、後にみんなからふるさとと呼ばれることになる転校生・古川里美との出会いから、故郷が好きになる。そして、みんなが故郷を好きになったとき、ふるさとはその学校を去っていく」これが今回の『ふるさと』のあらすじだ。

 今回は今まで以上に、多くの方に演じてもらうことを念頭に置いて脚本を書いた。『ふるさと』は演劇部の上演劇としても、学級劇でも、学年・学校劇でも上演できる。10人程度でも上演できるが、100人以上でも上演できる。机と椅子さえあればどこででも上演できる。

 音響設備はいらない。場面転換で流れるバックミュージックは、登場人物が歌う『ふるさと』のハミングだ。15人で上演する久喜中はこの歌を登場人物が担当するが、学級や学年劇として上演するときは、コーラス隊と登場人物を分けることもできる。

 劇は『ふるさと』の歌で始まり、『ふるさと』の歌で終わる。久喜中学校は今回の上演で、アカペラの三部合唱で『ふるさと』を歌う。この三部合唱は音楽の教科書に紹介されているバージョンで、簡単ではないが、難しすぎもしない。練習中のモティベーションを高め、発表終了後に成就感を得るには、いい感じのハードルの高さなのではないかと思う。

 『ふるさと』を歌って元気をもらった人がたくさんいる。私の『ふるさと』が観客に、演じる人に元気を与えられる劇になることを願う。

2012年1月 1日 (日)

新作『ふるさと』① あったかい劇にしたい

 大晦日は恒例の紅白歌合戦を観て過ごした。紅白歌合戦は最初から最後まで「ふるさと」を強調した演出だった。歌っていいなと思う場面がたくさんあった。「ふるさと」という言葉が多くの日本人の心に触れる響きを持っていることを再確認した。「ふるさと」という劇を創ってよかったと思った。

  新作「ふるさと」は震災後にアイディアが浮かんだ劇ではない。何年も前からアイディアノートの中に存在した、いつか書こうとしていた劇だ。ただ、数あるアイディアの中から今回「ふるさと」を選んだのは震災があったからである。そして、震災がこの劇の場面設定を土台から変えさせることになった。

 「ふるさと」の舞台はダムに沈んだ村となる予定だった。ダムに沈んだ村を描いた小説を読み、ダムに沈んだいくつかの村を調べることはすでに終わっていた。時代設定は1985年となる予定だった。しかし、ダムに沈んだ村はどうしても津波の被害を受けた村と重なってしまう。そう考え、ダムに沈んだ村という設定を捨てた。時代設定は過去から現代となった。今を描いてはいるが、劇中に震災に関わることは一切出さなかった。

私は、今こんなことを願っている。

「こころの中が あったかくなる そんな劇に なればいい」

「観ている人が感動し 演じる人が元気になる そんな劇になればいい」

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