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2011年10月に作成された記事

2011年10月31日 (月)

『とも』  扉絵

『七つ森』に収録される『とも』の扉絵を紹介します。
作成してくださったのは、約20年にわたり私たちのチラシデザインを担当してくれている石川典嗣先生です。

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これは『とも』のラストシーンをイメージしたものです。

2011年10月30日 (日)

『とも』『怪談の多い料理店』感想  その4

この夏に行った久喜中学校演劇部第一回公演『とも』『怪談の多い料理店』に届いた感想を紹介します。 ※( )内は斉藤が補足

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『とも』は最後に見た時より演技が自然になっていてよかったです。知輝くん(『とも』の主人公の一人。病院に入院している。智花に恋をしている)は、本当に恋する男子中学生に見えたし、子ども達(病院に入院している子ども達)もみんな小さな男の子や女の子に見えました。また、智花(『とも』の主人公の一人。病院に入院している)が賞状(大会で受賞した最優秀脚本賞)を破る時、目が涙で光っていてすごかったです。

私は『とも』はもう何度も観ていますが、今日もまた泣いてしまいました。あと、最後の虹がきれいでした!

『怪談の多い料理店』は、みんなの声や表情や細かい仕草までもが『とも』のときとがらっと変わって驚きました。とても20分前に別の役を演じていたとは思えませんでした。

あと、トイレのノックや天邪鬼と取り憑かれた弥生、茂美の声が重なるところがぴったり合っていて感動しました。きっとタイミングの練習を何度も何度もやったのでしょうね。音響のタイミングもぴったりで、ぞくっとしました。特に、木の葉天狗と風の合わせには驚きました。こういう細かいところまで丁寧につくっているからこそ、ラストの感動が大きくなるんですね。さすがです。

学校の怪談(『トイレの鼻毛さん』『山姥の微笑み』)はどちらも面白く、声を立てて笑ってしまいました。

水晶と翡翠のシーン(二人は妖怪退治の専門家で、森で妖怪達を殺していく)は、天使のような優しくて可愛らしい話し方と美しい音楽が逆に残酷さを引き立てて、何とも言えない恐ろしさを感じました。あのシーン大好きです。

死んでいく妖怪達は感情を爆発させたりしないのに、あえぎの間の台詞一つ一つからたくさんの思いが強く伝わってきて、心を打たれました。天邪鬼の叫び(彼を守ろうとした静という少女とともに、弓矢が突き刺さり死んでいくシーン)は、逆に台詞よりも強く天邪鬼の思いが伝わってきました。まさに魂の叫びという感じでした。とても心打たれました。

ラスト(妖怪達が勢揃いして観客にあいさつをするシーン)も感動的でした!

みんな今日はこんなに素晴らしい劇を観せてくれてありがとう!!!!!これからも頑張ってください。

                                              演劇部OG

写真 ギンリョウソウ(銀龍草 別名 ユウレイタケ) 『怪談の多い料理店』をイメージした花を思い描いたとき、まず最初に頭に浮かんだのがこの花。【撮影 青木ヶ原樹海 2010年】

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2011年10月29日 (土)

中学生のすばらしさを発信したい

自分たちの部活について書く時、私は自分がいいなと思ったことをここに書く。それは自慢ととられるかもしれない。でも、それはそれで構わない。

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私は事実に基づいたことであるならば、人の自慢話を聞くことを苦とは思わない。苦どころかけっこう好きなのだ。それが生徒であるなら尚更である。自慢できるものを持っている生徒っていいなと思う。悪口で盛り上がることが嫌いな自分にとって、自慢を聞くことは心地よい。部活のことが書かれているブログを読む時、生徒の素晴らしさが書かれているブログは読んでいて気持ちがいい。だから自分もよさをここに書く。

私は単に自分たちの部活の自慢をしているとは思っていない。私は現代の中学生の自慢をしているのであり、中学生ってこんなことだってできるんだよという可能性を紹介しているつもりでもいる。自慢ばかりしていると思う人もいるかもしれないが、そんな人はこのブログを見なければよいのだから、私は全然構わない。私は、心からすてきだそして素晴らしいと思っている生徒たちのことを、素直にすてきで素晴らしいと書く。(ただプライバシーの問題から書くのはあくまで部活限定だが)

最近の中学生は…と、現代の中学生を総論として悪くいう人がいる。私はそんな人と意見を戦わせたいとは思わない。ただ、私は、現代の中学生のすてきを発信し続けたい。

写真 自慢の一枚(アキアカネ)

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2011年10月28日 (金)

『とも』『怪談の多い料理店』感想  その3

この夏に行った久喜中学校演劇部第一回公演『とも』『怪談の多い料理店』に届いた感想を紹介します。

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2本も見せていただき大満足です。どんな映画よりも、生の舞台はよかったです。『怪談の多い料理店』はちょっといつもとひと味違うお話で、おもしろくもあり、不思議さもあり、本当によかったです。
ずっとファンです。これからも楽しみにしています。
ありがとう!
                                                                       久喜中学校教員

写真 アオイトトンボ (撮影場所 乗鞍高原 2011.10月)生で見るのがいいのは生きものも同様です。演劇と生きもの、私の中では繋がっています。 

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2011年10月27日 (木)

『とも』『怪談の多い料理店』感想  その2

Shizengekijo_kiju1この夏に行った久喜中学校演劇部第一回公演『とも』『怪談の多い料理店』に届いた感想を紹介します。


私が2年生の時、今の3年生は演劇部に入部しました。とてもかわいくて、最初は小さかった3年生は、見違えるように大きくなって逞しくなっていて驚きました。はっきり言ってもう引退なの?という感じです。今回の劇を観て、劇の内容や演技にはもちろん感動しました。私は人生経験が薄いせいか、あまり泣かない人でしたが、「とも」でも「怪談の多い料理店」でも自然と涙が出てきました。その時私は思いました、やっぱりみんなの力はすごいなと。劇に対しての思いが強いなと。演劇っていいなって。3年生のみんなは演劇部を引退してしまうけど、きっと、いや絶対演劇部に入ってよかったと思うと思います。久喜中の演劇部だったことを誇りに思ってください。
                                                              演劇部OG◆

 演劇部のOGはよく部活にやってくる。部室でのリハーサルを観に来てくれる。そして本番を観に来てくれる。久喜中で9年間顧問をやっているが、私は一度もだめ出しをする先輩を見たことがない。これは先日紹介したプロで活躍している大手も同様だ。

 先輩の言葉は常にあたたかい。本気でほめてくれる言葉は後輩に勇気を与えてくれる。そして、やる気を更に高めてくれる。何度も何度もリハーサルを観に来てくれる先輩もいる。一日一日必ず変化があり、必ず上手くなるのだから何度も何度も来る気になるのだろう。そして、上手くなったことを一緒になって喜んでくれる。卒業生だけでなく卒業生の親も一緒に来てくれたりする。そんな久喜中演劇部は一つの家族のような存在なのだと私は思っている。

写真 演劇部部員とともに見たキジの夫婦(日光 2010年)

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2011年10月26日 (水)

『とも』『怪談の多い料理店』感想  その1

Re20080427この夏に行った久喜中学校演劇部第一回公演『とも』『怪談の多い料理店』に届いた感想を紹介します。


「とも」自然に涙がこぼれました。しみじみとした、素晴らしい作品がまた生まれたこと、ありがとうございます。
「怪談の多い料理店」感動しました。しゃれたすてきな演出、迫力、生徒さん達の演技力の水準の高さ、のびやかでダイナミックな動き、決まったポーズの美しさ、確かに言葉、気持ちを伝える台詞力。プロの劇団の芝居をお金を払って観に来た後のような感じでした。
どうしたら、このような中学生集団を育てられるのか、早く帰って先日買い求めたDVDをじっくり見させていただきます。とても刺激を受け、勉強になりました。
神奈川県・演劇部教師◆

  神奈川県からたくさんの部員を連れてわざわざ久喜市まで観に来てくれたこと、ほんとうにうれしい気持ちでいっぱいです。久喜中の演劇部員は、終演後に交流が持てたことを喜んでいました。この交流は春に行われる予定だった関東大会で実現するはずでしたが、半年遅れての実現となりました。しかし、このような形で実現できて本当によかったと思います。

写真 神奈川でよく訪れる丹沢にて マメザクラ(5月)

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2011年10月25日 (火)

『七つ森』校正完了

Img050re『七つ森 ~シリーズ・七つ森の子どもたち~斉藤俊雄第作品集2』の第3校正が完了した。おそらくこれが最終の校正となるだろう。
およそ2か月を校正に当てたことになる。

校正作業がこれだけ長くなったのは、読み直すたびに、こうした方がよかった、ああした方がよかったという思いがよぎり、作品を直したくて仕方がなくなったからだ。
結局校正作業よりも、推敲作業の方が多くなってしまった。

校正を行いながら推敲することを快く認めてくださった晩成書房に、感謝の気持ちでいっぱいだ。自分として、かなり満足度の高い仕上がりとなった。

完成が待ち遠しい。

画像 『七つ森』の表紙絵

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2011年10月24日 (月)

大手忍

 Shizengekijo_kawasemi2桟敷童子自主公演「杏仁豆腐のココロ」【作・鄭義信 演出・三浦佑介】という二人芝居に、私の前任校・久喜市立太東中学校で、演劇部部長として活躍した大手忍が出演するので10月16日(日)に観に行った。

 桟敷童子は現在大変注目されている劇団で、この夏上演された『おばけの太陽』は、小田島雄志氏による高い評価が読売新聞紙上に掲載された。彼女は詩情漂う演技で芝居のキーとなる少年役を演じた(新聞紙上に役名と芸名=本名が紹介された)。どちらかというと子どもの役が多かった彼女が今回は大人の女性を演じ、大きな成長が見られた。これからどんな役を演じていくのか楽しみだ。

 彼女は中学の頃からプロの役者を夢見、それを実現させた。久喜中学校演劇部はプロを育てるための集団ではないが、時にプロになりたいと思って入部してくる生徒もいる。今もそんな生徒が数人いる。私たちの演劇部に入ることが、プロになる近道であるはずがないが、結果的にプロの女優が生まれてもそれはそれでいい。いや、それでいいどころか素晴らしいことだ。それはそうだ、夢を追いかけ夢を実現させるということは素晴らしいことなのだから。

 大手は今までに何度も久喜中に劇を教えに来てくれた。この夏の大会前にも、1日劇を指導してくれた。それは大変刺激的な練習になった。

 彼女はプロとなった今も私たちの劇を見に来てくれ、感動を表現してくれる。彼女から刺激を受けるだけでなく、プロとなった今の彼女にも刺激を与え続ける劇ができたらと思う。

 彼女の次の舞台は『紅夢漂流譚』(作・サジキドウジ 演出・東憲司)。12月12日~28日(於 すみだパークスタジオ)

写真 彼女たちの代で、部員と行った自然劇場。その時、全員が見ることができたカワセミ。(写真はその時のイメージにあったもの 撮影 斉藤俊雄 2011年)

2011年10月23日 (日)

希望の鐘の響き

ReyamahotarubukuroNHKのニュースで中国の著名なピアニストであるラン・ランが仙台で演奏している様子が流れた。短い映像だが、胸が熱くなった。演奏した曲は「ラ・カンパネラ」。

数え切れないほどある好きな曲の中で、特に好きと言える曲だ。NHKの音楽番組「名曲探偵アマデウス」を通してこの曲のたどった道、リストのたどった道を知り、心の奥深いところで響く曲となった。作り直すごとにシンプルになり、かつ深みを増していった曲。

題名の意味は「鐘」である。ピアノが奏でる鐘の響きの美しさ、切なさ。私はその音色を希望の響きと受け取った。

「ラ・カンパネラ」を心に響かせながら、私は「ふるさと」を創っていこう。

◆写真…ヤマホタルブクロ(烏帽子岳 8月)
学名におけるこの仲間の属名はカンパニュラ。鐘という意味である。

2011年10月22日 (土)

中学校の演劇とスプリング・エフェメラル

『七つ森』の後書きを書き終えた。前作『夏休み』の後書きは、私と『春一番』の登場人物・みゆきの対話形式で構成した。今回もその形式を採用し、私と『とも』の登場人物・知輝の対話形式で構成した。対話は七つ森で行われる。その中で、私は中学生の演劇をスプリング・エフェメラル(春の儚い生命)のようなものだと語った。その部分を紹介したい。

Re1115◆◆◆
知輝 先生、ここに咲いている茶色の地味な花は何ですか。
斉藤 これ…
知輝 どうしたんですか。
斉藤 オキナグサ…
知輝 それ知ってます。宮澤賢治の童話で読みました。これがその花なんですね。
斉藤 これもスプリング・エフェメラルの仲間なんだ。花が大好きな僕でも、野生の状態で咲いているオキナグサに出合うのはこれが二回目。七つ森でははじめてだ。
知輝 それじゃみんなに知らせなくっちゃいけませんね。
斉藤 知輝くん、だめだよ。そんなことしたらあっという間に盗掘されちゃう。この花は二人だけの秘密にしよう。
知輝 先生、どうしても教えてあげたい人が一人いるんですけど。
斉藤 わかった。智花さんならいいよ。それにしてもとびきりのスプリング・エフェメラルに出合っちゃったな。
知輝 スプリング・エフェメラル、春の儚(はかな)い生命(いのち)。
斉藤 君と僕が取り組んでいる中学生の演劇も、スプリング・エフェメラルのようなものかもしれないね。ずっと取り組んできた劇は、ひとときの上演で輝きそして消えていく。
知輝 でもひとときの儚いものだからこそ、心に残り続けるのかな。
斉藤 そうかもしれないね。
◆◆◆

現在創っている『ふるさと』が、スプリング・エフェメラルのように心に残る作品になるといい。
写真 私の大好きなスプリング・エフェメラル オキナグサ(信州)
野生のオキナグサとの出合いは信州で出合った一度だけ。

2011年10月20日 (木)

DVDをめぐる話

私の甥が茨城の高校で演劇部に入っている。彼の家族に、今年5月に発売された私の演Reimg_2174
劇指導を紹介したDVDをプレゼントした。

彼がそのDVDを自分たちの部活に紹介しようと持っていったところ、顧問の先生が「どうしてそれをもっているんだ」ととても驚いたという。

顧問の先生はそのDVDをすでに購入して持っていたのだという。1セット16,800円は決して安い買い物ではない。そんな高価なDVD を部員が購入したと思えばそれはびっくりするだろう。そんな話を母から電話で聞いた。親としては電話で伝えたいほど楽しい逸話なのであろう。DVDの発売も親孝行の一つかな。

写真 2011年8月 蓼科 東山魁夷の絵画に描かれた池

2011年10月17日 (月)

三郷北高校演劇部から届いた感想

_mg_6667 数日前、自作『夏休み』を上演した三郷北高校の顧問の先生、そしておそらく部員全員から感想が届いた。

とても心あたたまる感想だった。そんな中に次のような感想があった。

◆『夏休み』は、私が中学一年生の頃から好きだった作品で、高校二年生になった今、やっと上演することができてとても嬉しかったです 

中学を卒業し高校に進学しても、『夏休み』への思いは卒業とならなかったことが嬉しい。

Ed_mg_6612  今年は久喜中卒業生(演劇部)が入部した高校の演劇部で、私の作品が上演された。埼玉の学校が『春一番』、栃木の学校が『夏休み』。中学校では高校演劇の代表作が数多く上演されているという現状があるが、時には中学生のために書いた作品が高校で上演されるということがあってもいい。

写真 オオハクチョウ(宮城県 伊豆沼) 今年も白鳥の季節がやってきた。

2011年10月16日 (日)

新作『ふるさと』 今の私にできること

 Img_1494東日本大震災後の日本で自分は何ができるか?多くの人が考えていた。多くのスポーツ選手が芸術家が教師が考えていた。教師であり、芸術に関わりを持っている私も、私なりに考えていた。

そんな時に、神戸で勤務している先生からメールをいただいた。そのメールには、6年前神戸のある中学校で生徒会が『降るような星空』を上演したこと、そして、今年再び神戸のある中学校で生徒会が『降るような星空』の上演を予定していることが記されていた。

『降るような星空』の上演が、阪神淡路大震災と深く関わりを持つ取り組みとなった(なっている)ことを知った。

『降るような星空』は震災を題材にしたドラマではないが、この劇の中に震災の中で起きた出来事と重なる部分があるのだという。私は神戸という場所で自作が何らかの形で役に立っていることに、うれしい気持ちでいっぱいになった。そうなのだ、私にできること、私らしくできること、それは劇を創ることだ。

 いくつかの報道を通して、歌が東日本大震災の被災地の人々に勇気や希望を与えたという事実を知っ1img_1666た。歌と同様に演劇も心の栄養となり得るはずだと思った。そんな劇を創りたい。被災地の中学生がいつの日か上演したいと思える劇、上演した後に勇気や希望がもてる劇を。

 『降るような星空』がそうであったように、震災を描く必要はない。何か人のあたたかさに触れる劇にしたい。そう思った。そんな思いから『ふるさと』という劇を今創っている。地震も津波も出てこない。転校生は登場するが、被災地からの転校生ではない。おそらく過去を描いた物語となるだろう。ただ、今の日本と重なる過去の物語となるはずだ。

写真 ヒナザクラ(青森・八甲田山 2011年8月)
         ヒナウスユキソウ(エーデルワイスの仲間 山形・月山 2011年8月)
  今年の夏は東北の山に登った。

2011年10月15日 (土)

あの時から 3 ~8月から10月~

Reimg_3203◆8月…個人作品集の第2集の発売が決定した。タイトルは『七つ森』。収録作品は『七つ森』『とも』『ザネリ』『怪談の多い料理店』『魔術』『森の交響曲(シンフォニー)』の6作品。第1集を発売してから2年半。こんなに早く第2集を出せるとは。

◆10月…個人作品集第2集『七つ森』の後書きを完成させる。最終校正を終えればいよいよ本が完成する。本のできあがりが楽しみ。

Reimg_3127_2◆10月…私の第1脚本集である『夏休み』の初版は1000冊。近い将来再版となるようである。中学生のための演劇に対しての需要を考えると、1000という数は、届くことが不可能な数なのではないかと出版当時の自分は考えていた。ミリオンセラーの書籍と比較すればほんの1000分の1にすぎないが、嬉しい。上演許可願いのメールを見ると、口コミで広がっている様子がうかがえる。

思い返せば、中身の濃い日々だったと思う。

◆写真 先日訪れた乗鞍高原で撮影。 私の心の中にある七つ森のイメージに近い場所だった。

2011年10月14日 (金)

あの時から 2 ~6月から7月~

Reimg_0994◆6月…関東中学校演劇研究協議会の演劇セミナーで脚本講座を担当した。この講座がもとになってジャパンライム株式会社からDVD第2弾の依頼があった。企画がすんなりと通ったのは、5月に発売したDVDが大変好評だということもあるようだ。セミナー当日販売されたDVDは、即日完売だったという。発売後、一か月で100セットが出たと伺った。

 第2弾として依頼されたのは脚本の書き方の紹介。自分の創作活動を見つめるよい機会だと思い引きうけることにした。さて、脚本の書き方、それをいかに映像化したらよいのか。難しい課題だ。しかし、それだけに挑みがいがある。高いハードルに挑むのは苦しいと同時に楽しい。

Reimg_0800◆7月…久喜中学校演劇部の本番前の取り組みを、長崎からH先生が見学に。正式な出張での見学ということに驚く。本番前日の練習終了後、先生が涙ながらに生徒に語ってくださった言葉に、生徒とともに胸を打たれた。その日見学に来てくれた保護者の方々の目にも涙が。

◆7月…『とも』と『怪談の多い料理店』を文化会館で上演。実は3月の関東大会前、部員の一人がけがで入院してしまった。そのけがは予想以上に重く、退院は4月後半になってしまった。関東大会が予定通りに開催されていたら、彼女が出演するのは不可能だった。関東大会の中止は仕方がないことではあるが、悲しい出来事だった。しかし、私たちはその中止を、単に悲しいだけでは終わらせなかった。中止になってしまったからこそ、夏に第一回の公演を行った。結果として、けがをした彼女を含めた部員全員が劇を演じることができた。

◆7月…次回作のタイトルを決定。次回作は『ふるさと』。公演終了後の部室、部員全員と保護者の前でその発表を行った。その発表を終えた瞬間、久喜市の防災無線で5時を知らせる音楽「故郷」が流れた。なんという見事なタイミング。周到に準備された完璧なプレゼンテーションと言いたいところだが、1番驚いたのは私自身だったかもしれない。3年生が引退した現在、1・2年生は「故郷」のアカペラ三部合唱の練習に取り組んでいる。かなりいい感じになってきた。上手いとまではいかないが、そのひたむきさに胸が打たれる、熱くなる。

写真 アヅマシャクナゲ 十文字峠(6月)

    声を限りに囀るウグイス 上高地(6月)

 

2011年10月13日 (木)

あの時から 1 ~3月から5月~

あの震災が起こってから今日までの日々を振り返ってみる(ブログの性格上、演劇に関係することだけに限定して)。

3月から5月

◆3月に行われる予定だった2011関東中学校演Reimg_0043劇コンクールは震災のために中止となった。ブログにも書いたが、苦しみぬいた末の関東大会出場決定だった。生徒の動揺はいかほどかと危惧したが、少なくとも彼女たちに動揺は感じられなかった。それは動揺はあったと思う、しかし彼女たちは現状をしっかりと受け止めてくれたと思う。発表を行う予定だった日、演劇部の卒業生と保護者を呼んで部室で『とも』を上演した。『とも』を上演できなかった後輩に対してのあたたかい先輩の言葉、心に残る1日だった。

◆4月、新入部員が10人入部した。久喜中学校演劇部初の男子部員が入部した。

◆5月、ジャパンライム株式会社からDVDが発売された。タイトルは『感情に台詞を乗せる!即興を活かした演劇指導術 ~久喜中演劇部・斉藤俊雄先生の取り組み~』。

◆5月、この夏に久喜中学校では初めての試みである自主公演を文化会館を借りて行うことを保護者会で提案、即決定。関東大会で上演予定だった『とも』と『怪談の多い料理店』の2本立てに挑み、自分たちなりに震災を乗り越えることを誓った。

写真  ヒナザクラ 箱根・金時山にて(5月)

2011年10月 8日 (土)

旅人

湯川秀樹博士の「旅人 ある物理学者の回想」を読んだ。彼が51歳の時に書いた自伝だ。自分が博士の自伝にとりわけ興味を持ったのは、私も今年51歳になったということが大きい。彼は序文で次のようなことを書いている。

「私は学者として生きている限り、見知らぬ土地の遍歴者であり、荒野の開拓者でありたいという希望は昔も今も持っている」

「未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である。地図は探求の結果としてできるのである。目的地がどこにあるかまだわからない。もちろん目的地へ向かっての真っ直ぐな道など、できてはいない」
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 51歳になっても遍歴者であり、開拓者でありたいという姿勢に共感する。私も演劇、とりわけ中学生の演劇の遍歴者であり、開拓者でありたい。中学生の演劇はまだまだ未知の世界である。地図を持たずに旅を続けたい。

◆写真 モンキチョウとマツムシソウ 菅平高原にて

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