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2011年1月29日 (土)

18年後の答え

 18年前に『降るような星空』という作品で晩成書房戯曲賞特賞を受賞した。その時、審査員の一人のふじたあさや氏の劇評が「演劇と教育」誌上に掲載された。

特賞の斉藤俊雄さんの『降るような星空』は、子どもたちの目から観たら抜群のおもしろさを発揮すると思います。非常に巧妙につくられていて、狙っているテーマも含めていい。ただ、弟の病気という設定が、やはり「機械仕掛けの神様」になってしまっているんです。そういう、何か反論できない絶対的な設定をテーマに絡めて出されると、観客は黙らざるを得ないですよね。そういうものを使わないで、あれだけのテーマを提出できればもっとすてきだと思います。

 「機械仕掛けと神様」またの名を「デウス・エクス・マキーナ」。ギリシャ神話の中には、ラストで、機械に乗ってゼウスが現れ、解決の言葉を語り幕となる劇が存在する。機械にのって現れ、全てを解決する神が「機械仕掛けの神様」である。ふじた氏はその解釈を拡大し、ラスト近くで夢を語って死んでいく主人公の弟の存在を、「機械仕掛けの神様」と重ね合わせたのだった。そして、その手を使わなければ芝居は更にすてきになっただろうと語った。

 今と比べて狭い世界で生きていた私は、(その時は、広い世界で生きていると錯覚していたのだが)その言葉の意味することを理解することができなかった。死んでいく弟の存在があるからこそ芝居はすてきになったのであって、それなくしてはこの芝居は存在しない。そう思った。ただ、私は変化した。

 2年前に『斉藤俊雄脚本集 夏休み』を出版した際の後書きに『降るような星空』についての思いを次のように書いた(後書きは架空のインタヴューで構成されている)。

みゆき 今の斉藤先生にとって『降るような星空』はどんな作品なのですか。 
斉藤 主人公の弟の死で感動をとろうとしているところに、気恥ずかしさを感じるね。でも、そのことを含めて、好きな作品だね。

 今回私が新作『とも』で挑んだのは自作『降るような星空』である。友達がライトモチーフとなっているのが共通点の一つだ。病院が舞台となる場面があることも共通点である。難病を患っている子どもが登場する点でも共通している。ただ今回は観客が反論できないような「機械仕掛けの神様」は登場しない、私はそう思っている。

 『とも』は18年前に書かれた、ふじたあさや氏の劇評への答えでもある。

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