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2011年1月18日 (火)

苦しい時こそ我が見せ場4 ウルトラC

 私はこのような苦しい中でもできるだけ現役である1・2年で劇を創ろうと考えた。どうしても自分たちだけでは対応できないところだけ3年生を頼ろうと考えた。まず、1年生の1人に電話して状況を話し、インフルエンザで明日出ることができない2年生の役を今から覚え、明日の本番その役でも出てもらいたいとお願いした。「がんばります」。それが彼女の答えだった。

 続いて前部長に電話した。彼女は家族と外食中だった。彼女に状況を伝えた。そして、明日朝から手伝ってもらいたい旨を伝えた。「やります」。彼女は迷わずそう言った。明日、更に誰かがインフルエンザにかかった場合、その誰かの役を午前中に覚え、その日の午後舞台に立つという超・ウルトラC。そんなとんでもない要求を、彼女は引き受けてくれた。大好きな後輩のため、そんな気持ちが強かったろう。(ちなみに現役の中学生である3年生が舞台に立つことは規定上問題はない。関東大会では3年生が出演しているところが多数ある。)

 今までも久喜中は台本を配ったその日に通しを行うことをやったことがある。『青空』という作品に取り組んだ時がそうだった。私たちはそんな厳しい状況にも耐えられる練習をしている。ただ、明日は通し練習ではなく、本番だ。

 前部長は何度か主役を務めてきた。関東大会、全国大会という大きな舞台経験もしている。彼女は、長い台詞をあっという間に覚えてしまうことで、仲間や後輩を驚かせてきた生徒でもある。彼女は『とも』の通し練習を観に来たので、劇の内容も知っている。「彼女ならきっとできる」私はそう信じていた。

 更に前副部長にも同様の依頼をした。彼女の答えも「やります」だった。2人の「やります」はきっぱりと覚悟を決めた響を持っていた。そんな響を持った「やります」は私の胸を熱くした。受験勉強もあるだろうに…熱いものがこみ上げて胸が苦しくなった。恥ずかしい話だが、電話をしながら涙がこぼれていた。

 先ほど泣きながら電話してきた部長に電話した。そして状況を伝えた。彼女の母親が車を運転し、外食している前部長のところにすぐに台本を届けてくれることになった。後で聞いた話だが、食事場所で台本を渡す時、現部長は涙、涙だったという。それは先ほど私に電話してきた時流した不安から来る涙ではなく、人の優しさに触れた時に流れる涙だったろう。

 帰宅した現部長の親から連絡が入った。先輩と会って安心して、家に帰った彼女の表情に笑顔が戻ったという知らせだった。こんな危機的な状況であるのに、先輩が力を貸してくれるということで笑顔が生まれる。先輩の力、恐るべし。

  そんな中、よい知らせも届いた。インフルエンザで3日間リハーサルに出られなかった生徒の親から、今日で熱が下がって2日になり、明日参加させられるという連絡が入った。念のため午前中は家でゆっくり休み、上演30分前に来るように伝えた。また発熱で休んだもう1人はインフルエンザではなく、明日は出られるだろうという連絡も入った。
そして、発表当日、1月10日の朝を迎えた。

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