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2009年8月に作成された記事

2009年8月31日 (月)

『春一番』  オオルリとカワセミ

 この夏は2つの「春一番」を上演した、7月26日(日)の埼玉東部・茨城夏季演劇発表会と8月1日(土)の第58回全国演劇教育研修会での上演である。私たちは二つのグループを作りそれぞれのグループに名前をつけた。命名者は私。私がつけた名前はオオルリとカワセミ。どちらが好きと聞かれても、どちらとはいうことができないくらい大好きな青い鳥の名前である(私は鳥が大・大・大好きである。また「春一番」の中にメーテルリンク作「青い鳥」がちょっと登場する)。AとかBではなく、どちらにも、大好きで大好きで仕方がないという感じられる名前がつけたかった。
 全員がどちらのグループにも所属するのだが、オオルリで台詞の多い役を演じる生徒はカワセミでは脇役にまわり、カワセミで台詞の多い役を演じる生徒はオオルリで脇を演じる。2年生以上は全員が2つの役を演じることになった。
 練習は同時展開で2つの教室で行った。しかし、通し練習は最初の1回を除いて、全てお互いの演技を見合った。今年は「春一番」とともに「夏休み」という劇も練習していたので、少しでも多くの時間がほしかった。しかし、お互いの劇を見合うことを子どもたちは希望した。私はそれが嬉しかった。互いの劇に刺激を請け合い、よいところは取り入れ、それでいてそれぞれの違いも大切にした。オオルリの通し練習ではカワセミが笑い、泣き、カワセミの通し練習ではオオルリが笑い、泣いた。
 嬉しかったのは、入部したての頃は先輩の劇を観て笑うことはあっても、泣くということがほとんどなかった1年生部員が、よく泣くようになったことである。先輩たちとの毎日の練習を通して、感情が豊かになったのだと感じた。この仲間たちの中では思いっきり泣いても恥ずかしくないんだよという、涙をこらえなくてもよい雰囲気も生まれたのだと思った。

 昨日のブログの最後に紹介した感想を読んで、8月1日も部員たちは涙を流して仲間の劇を見守ったことを知った(私は照明にずっとついていたので観客席から劇を観ることはできなかった)。感想を読んで嬉しかった。なんとなく、誇らしい気持ちになった。親ばかならぬ、顧問ばかかもしれないけれど、そんな気持ちになった。

2009年8月30日 (日)

全劇研~「春一番」に寄せられた感想の数々~

先日、8月1日(土)に全国演劇教育研究集会で久喜中学校演劇部が上演した「春一番」の感想が送られてきました。その中のいくつかを紹介させていただきます。

 何度も涙しました。人に対する優しさが伝わる心あたたまる劇。大好きです。「フレーフレー」の何とも言えない優しさが最高でした。
                               東京都の中学校教師

 素晴らしかったです。途中何度も涙しました。中学生であれだけの演技ができることに感動しました。脚本もどこにでもあるような話でありながら、中学生の心の動きが繊細に描かれており、素敵な作品でした。
                                群馬県・子ども劇場の関係の方

 生徒一人一人の表現、発声がとても素晴らしい。心がとてもあたたまる作品でした。
                             神奈川県の中学校教師

 とても素晴らしかった。今日はこの劇を観るために来ました。斉藤先生の(パネルディスカッションでの)話はとてもよかった。優しさやあたたかさ、子どもたちの無限の可能性を感じました。
                              東京都の中学校教師

 斉藤さんの芝居って、感動ものが多いですね。台詞の一つ一つで泣けてきました。それだけに台詞の大切な芝居だと思った。
                              愛知県中学校教師

 中学生とは思えぬ、作品。作品づくりの過程が充実しているのだなと思った。脚本も素晴らしい。
                               兵庫県特別支援学校の方

 席にいる中学生たち(最初の出番を終えて、その後の劇を観ていた久喜中学校演劇部の生徒)が、同じ部員の演技を見ながら、みな泣いている姿に、日頃の部内の人間関係がしっかりできているのだなと感動しました。やらされている部活だったら、こんな姿は見られなかったと思います。
                               東京都の小学校教師

※( )は斉藤が劇を観ていない人の理解を助けるために書きました。

 最後の方の感想は、私たちの劇を観た方から「やらされているのではないか」といった感想が届くことがあるということを、私がパネルディスカッションで話したことに対してのコメントだと思われます。劇だけではなく、劇を観ている部員たちのことを見て、感想を送ってくださったこと、本当に嬉しく思っています。

2009年8月29日 (土)

全劇研~私の紹介~

 全国演劇教育研究集会速報「かもめ」No1(2009年8月1日発行)に久喜中演劇部と私の紹介が書かれていた。

中学校の上演劇「春一番」~埼玉県久喜中学校~
斉藤俊雄さんの率いる久喜中学校演劇部、昨年3月「関東演劇コンクール」で最優秀賞に輝いた作品です。
 斉藤さんは、現在、日本の中学校演劇で最も多くの大会で活躍し、また現役の中学校演劇の書き手として最も実績を上げている方の一人といってよいでしょう。

 なるほど、私をこのような存在として認識している人たちがいるのか。自分で自分のことをこのように書くことは「恥を知れ」なんて言葉が聞こえてきそうでとてもできることではないが、第三者が書いてくれたことを紹介することで気恥ずかしさを幾分和らげることができる。このように紹介されることは正直嬉しい。嬉しいからその紹介を紹介してしまう。私の紹介の枕に日本という言葉がつくようになったんだと思う。

2009年8月13日 (木)

二つの『春一番』

 久喜中学校演劇部はこの夏、二つの『春一番』を上演した。一つは7月26日(日)に行われた埼玉東部・茨城夏季中学校演劇発表会の上演。そして、もう一つは第58回全国演劇教育研究集会(全劇研)での上演だ。どちらの発表にも部員全員出場するのだが、主要なキャストは全てダブルキャストとした。お互いのリハーサルを極力見ることにしたため、時間のやりくりに苦しんだが、この取り組みはとってもよかった。なにより、2年生以上を全て主要キャストにすることができたことがよかった。
 全劇研を終えた後のシンポジウムで、平田オリザ氏が私の劇づくりに関しての報告を受ける形で、「今は高校演劇でも、一人の顧問がその力だけで指導するところは全国のトップに立つことはできません。生徒たちが劇づくりに参加してこないと駄目なんです。そんな意味で、二つのグループに分け、互いに批評し合う形を取っている、斉藤先生の劇づくりは成功していると思います」といった話をした。
 私たちは全国トップを狙うことを目的にした劇づくりはしていないが、私たちの劇づくりを評価してくださったことはとてもうれしい。
 さて、全劇研の発表までには、とってもすてきなドラマがあった。二つのグループが生み出したドラマ、それは競争のドラマではなく、協力のドラマだった。今後そのドラマを紹介していきたいと思う。

2009年8月12日 (水)

劇の世界のペイ・フォワード

 『ペイ・フォワード』という映画があった。原題は「Pay it forward」。映画そのものは道徳的すぎるのと予定調和であることで好きとは言えないが、よいことを次に渡していくという考え方には共感を覚えた。私は教師は「Pay it forward」を取り組むことができる職業だと思っている。
 東京でのワークショップの後に指導者研究会が開催された。積極的に次々と質問が出される、中身の濃い会であった。その会のしめに、久喜中学校演劇部の生徒が書いた劇の感想についての話が参加者全員に紹介された(内容については昨日のブログに掲載済み)。私の学校の生徒が、ほめられていることに喜びと誇りを感じた。
 数日後の全劇研でのことである。私はとある先生から、ちょっといい話を聞いた。ワークショップの後、東京のある地区で発表会が行われた時のことである。ワークショップに参加した顧問の先生が、他校の劇の感想を書いている生徒たちに話をしたのだという。「よいところを見つめようよ」という話だったようだ。「Pay it forward」、「よいところを見つめる」ってことは小さなことかもしれない、でもそれが少しずつ広まっていくといい。

2009年8月11日 (火)

劇の感想に関してのすてきな感想

 東京でのワークショップの昼食時のことです。この春の関東中学校演劇コンクールに出場した東京都の顧問の先生から、うれしくてうれしくて何かが沸き起こってくるような気持ちになる話がありました。その顧問の先生は、私にしてくださった話を、ワークショップに参加した久喜中学校演劇部の生徒にも直接話してくださりました。

 「関東中学校演劇コンクールでは、私たちが上演した劇に様々な感想が寄せられました。ほめてくれる感想もありましたが、中には厳しいだめ出しを書いてくる感想もありました。そんな中に、みんながみんな私たちの劇をほめてくれる学校がありました。ただほめるだけでなく、私たちが描こうとしていたことを理解してくれて、『そう、それ、それを描こうとしていたの』というところをしっかり見つめてくれた感想でした。それが久喜中学校の演劇部の皆さんだったんです。久喜中学校演劇部は毎回、関東中学校演劇コンクールに出ている常連さんでしたから、びっくりでした。常連校だとつい、初出場の私たちに上から目線で感想を書くなんてことが起こりがちだと思いますが、久喜中学校演劇部のみなさんは全くそんなところがなかったんです。私は、こんな風に劇のよいところを見つめてほめてくれる久喜中学校演劇部のみなさんってすてきだなってずっと思っていたんです」

 録音したわけではないので、正確ではありませんが、要約するとこのような話でした。目の前にいる生徒たちを本当にほめて、ほめて、ほめてくださったので、生徒たちも本当に本当に嬉しそうでした。生徒たちは話を聞きながら、ずっとずっとにこにこしていました。本気でほめられるのは誰だって嬉しいものです。最後にはお互いにお礼を言い合いました。
 劇の感想の中には、批判もあります。本当に心ないとしかいいようのないものも混じってきます。私はいけないのかもしれませんが(私はいけないとは思っていませんが)特定の個人に対しての心ないだめ出しは、本人に見せません。ただ、劇そのものについて書かれた批判は見せます。それを読んだ生徒は暗い顔をします。論理的に批判してくるならともかく、中には「つまらなかった、途中寝た」などと書いてくるようなものもあります。 そんな感想に、腹を立てている生徒には。「少なくとも自分たちは、こんな文は書かないようにしたいね。劇のいいところを見つめたいよね」といった話をします。ただ、生徒がどんな感想を書いているかをチェックしたことはありません。そんな検閲のようなものを行ったら、部員からの信頼を失ってしまいます。でも、劇が終わった後、真剣に感想を書いている姿を見て、この子たちはきっとよいところを見つめて書いているのだろうな、とは思っていました。
 彼女たちがよいところを見つめようとするのは、昨日書いた「よし出し」を出し続ける日々の練習で、よいところを見つめることがからだに染みついているからかもしれないとも思いました。こんな体験もできて、東京でのワークショップは私たち久喜中にとって、とってもよい一日となりました。

2009年8月10日 (月)

東京でのワークショップ その4 よし出し

 東京でのワークショップで参加者の前で「よし出し」について語ることができた。私は「だめ出し」という言葉が好きではない。教育者としての私の考え方に合わないからだ。しかし、演劇人としての私は、しかたなくその言葉を使ってしまうのだが…。私は「よし出し」が好きだ。演劇と教育8・9月合併号に全劇研上演劇『春一番』への取り組みの紹介の中で、この「よし出し」について書くことができたので、その部分を紹介したい。

 全体をいくつかのチームに分け、それぞれのチームが、ある作品の一場面(五分から十分程度の場面)を創り上げる(チーム分けは、一チームに一年から三年までの全ての学年の生徒が入るという条件のもとに、くじ引き等で行われる)。役は固定しない。チームの中で次々とローテーションさせていく。役作りは個々に任される。演出はある一人がするのではなく、チーム全体で行う。そして、最後はそれぞれのグループが、自分たちの創った劇のワンシーンを発表する(発表する時の役は、チーム内の話し合いで決める)。発表は和やかな雰囲気の中で行われる。面白い表現には大笑いし、真に迫った表現には涙を流す。そして、一つのチームの発表が終わるごとに感想発表を行う。そこでは上級生が中心になって、仲間のよかったことを見つけそこをほめる。私はこれを「よし出し」と言っている。子どもたち同士の厳しい「だめ出し」が劇をよくするという考えもあるだろうが、私はそうは思っていない。「だめ出し」によって明日劇を演じる勇気をもぎ取られた生徒が、表現を伸ばすとは思えない。もちろん誰もがやみくもにほめることはしない。ただ、彼女たちが生み出す発表はすてきな表現に満ち満ちているのだ。そんな表現を目にしたらほめるしかないではないか。

 ワークショップの後の、指導者との懇談会で、だめ出しに関しての質問が出た。「私までもが、だめ出しを出さないのか」という質問だった。相互発表の際、私は「だめ出し」というよりも「明日への一歩」になるコメントを出す。が、個人的なだめ出しは極力出さないようにしている。みんなが聞いているところで、だめ出しを出すメリットがないからだ。それは発表前の練習の中で出すことができることだ。私は発表の中で表現が伸びた生徒をほめる、もうそれこそ思いっきりほめる。毎回の発表で、心からほめたいと思うほど表現が伸びる生徒が必ずいる。ほめられた生徒はまた一段と表現が向上する。一番だった生徒ではなく、伸びた生徒をほめるのであるから、何回かの発表の中で全員をほめることができる。
 劇の上演前の取り組みでは、だめ出しのようなものを出す。だめ出しと呼ばれているものをプリントにして配ったりもする。ただ、出しただけで終わるものは絶対に出さない。出したものは生徒が必ずクリアできると信じられるものだ。劇が終わった後、部員一人一人に心から「よかったね」と言えるためのものだ。世間一般での「だめ出し」と呼ばれているものが書かれたプリントのタイトルは「明日への一歩」。「だめ出し」は響きが良くないし、教育的ではないと私は考える。

2009年8月 9日 (日)

東京でのワークショップ その3 モティベーション

 演劇と教育8・9月合併号に全劇研上演劇『春一番』への取り組みが紹介された。タイトルは「春一番に向かって歩く」。その中でモティベーションについて書いた部分をここで紹介したい。ここで紹介している取り組みは、東京でのワークショップで行った、グループに別れてある劇のあるシーンを創り、最後にそれを発表し合うというものだ。

  すてきな表現を生む要因の一つはモティベーションの高さだと思う。それぞれのグループが、高いモティベーションを持って、劇を創ろうとする。私が「30分後に発表しよう」と提案すると、「もう少し時間をください」と迫ってくる。他のグループとの競争ではなく、真剣に観て「よし出し」をしてくれる仲間に、少しでもよい表現を見せたいと思うためそうなるのだ。劇を創る楽しさを知り、心に火がついた子どもは伸びる、思いっきり伸びる。中学生はこの程度だろうと多くの大人が考えているラインを遙かに超えて伸びる。特別な力を持った特別な生徒でなくてもである(私は、演劇が好きでさえあれば誰でもと、あえて言いたい)。子どもたちの心に、火をつけるということに関しては、私はちょっと自信がある。

 東京でのワークショップでは、上に書いたようなことを参加した生徒たちに紹介したこともあって、いくつものグループが「あと少し時間をください」と頼んできた。その頼んでくる時の表情がたまらなくよかった。劇の練習をするときに、もっともっと時間がほしいという気持ちは大切だ。もしそれが、終了まで後○○分か、長いな。というようなものであったら、表現が伸びるはずがない。私たちの日々の練習では、あと少しが、15分、30分、1時間と延びていく、時に次の日まで延びることもある。そんな高いモティベーションから生まれた作品が楽しくないわけがないではないか。東京でのワークショップで発表してくれたグループの表現も、それはそれは魅力的だった。

2009年8月 8日 (土)

東京でのワークショップ その2 台本渡し2日後で通せる秘密

  『春一番』を上演した時、久喜中演劇部は台本の完成2日後に劇を通した。『青空』に取り組んだ時は、本当に切羽詰まった状態だったため、その日の夜に通した。今回の東京でのワークショップはなぜそれが可能かということにも触れるものだった。なぜ、それが可能か。部員は台本が完成するまでに、役柄と自分をすり合わせ、自分なりに役をとらえることを徹底的に行っておく。台本ができた時には、役のイメージがつかめているから、そのイメージをもってはじめから立ち稽古をする。はじめは台詞の正確さを要求しない。とにかく話の流れをつかみ、数々の場面で役として生きることを大切にする。まずはじめに全体像を大雑把でもいいからつかみ、それから細部にこだわっていく。これが私たちのスタイルだ。最初の通しは、台詞がとんでも、台詞を間違っても構わないというスタンスで向かう。台詞をとばしても、台本とは違った台詞を言っても怒る人はいない。正確さより、感情表現を大切にする。こんな感じで行われる初めての通しは、荒削りではあるが、いつも深い感動につつまれる。
  ワークショップで自作『春一番』のワンシーンを、グループに分かれて協同創作してもらった。ワンシーンは作品全体の七分の一。役のイメージと話の内容を理解したら、台本は置いてそのシーンを演じる。約1時間でそのワンシーンが形となっていった。その7倍で全体ができると考えると、台本渡し2日後の通しという事実を理解してもらえたのではないかと思う。
 発表にたどり着くまでには様々な方法があってよいと思う。ということは、私たちのような方法があってもよいのだと思う。ワークショップに参加した中にも、このようなやり方が向いている学校があることだろう。

2009年8月 7日 (金)

東京でのワークショップ

7月29日に、東京都中学校演劇教育研究会主催の「第5回中学生のための演劇講習会」(会場…品川区日野学園)で講師を務めた。数日前、100人の定員を超えているが…という連絡があったが、わざわざ私の講座を希望する人に遠慮してもらうのもどうかと思い、定員を超えた人数を引き受けることにした。最終的には135人の参加希望があったようだ。私の取り組みは、言葉だけでは説明が難しいため、久喜中学校演劇部の2・3年生13人にもお願いして参加してもらったので、引率の顧問・役員を含めると150人を超える人が参加したことになるのだろうか。100人を超える人数相手に講習をするのは初めてであったので、不安もあったが、これだけの人が参加してくれるのかという喜びが不安を打ち消す強い力となった。受講料と電車賃を払って、これだけの人が参加してくれたことは、それは嬉しい。
  講習内容は久喜中学校演劇部が取り組んでいる、劇づくりを体験してもらい、最後はそれを発表につなげるというものだ。その中で紹介したのは、即興を取り入れた役作り(場面を即興で演じることで、劇を演じる時に生じる不自然な堅さを取り除く方法)、自然な演技の作り方(生の人間と役の人間のすりあわせ)、感情に台詞を乗せる方法等である。午後は全員がグループに分かれて自作『春一番』に取り組み、2つのグループに発表してもらった。そして、その続きであるラストシーンまでの15分を久喜中学校演劇部が演じて講座を終えた。
 8月1日の全劇研で、翌日から生徒たちが見違えるように変わったという報告を聞いて、「やってよかったんだ」と思った。
 私たちにとっては東京のたくさんの学校の生徒と出会うことができたことが、大きな収穫だった。東京の先生方、私を講師として呼んでいただいたことに感謝です。

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2009年8月 6日 (木)

『春一番』に届けられたすてきな感想

先日、第58回全国演劇研究集会で久喜中学校演劇部が上演した『春一番』に、すてきな感想が送られてきました。本人から「実名で紹介してけっこうですよ」というメッセージもいただきました。感謝の思いを込めて、紹介させていただきます。 

『春一番』の舞台を観て     佐藤ゆかり(東京都)

 私が『春一番』に出会ったのは、関東演劇コンクールの舞台を拝見した時でした。季節もちょうど春で、外の空気も暖かかったような気もします。東京都の東久留米南中学校の劇を応援に行くことが目的で出向いたコンクールでしたが、斉藤先生の新作を観劇できることも楽しみにしていました。何本かの素晴らしい劇を観てきて、久喜中学校が最後だったと思います。演目は『春一番』。随分前のキャンディーズの歌と同じタイトルだな…と思い出しながら、それと劇の内容は関係ないだろう…と勝手に思いつつ、幕が開くのを待ちました。
 舞台は放送部の部室。机にはたくさんの音響機材が並べられ、ここで、何が起こるんだろう…と期待させる優しい音楽に誘われ、自分でも気づかないうちに劇の中に引き込まれました。優しい語り口で進められる中での少女たちの葛藤や励ましに、幾度となく涙してしまう舞台に、そこがコンクールであることを忘れ、まるで『春一番』の公演を観に来たかのように思ってしまったことも記憶に残っています。
 「春一番」の登場人物を演じる生徒たちが、斉藤先生の描いた一人ひとりの人間に生命を吹き込むように、何ともいえない優しさで「フレーフレー」と応援する姿から、自分の役を心から大切に思って演じていることが会場の隅々にまで伝わり、舞台が終わった後もしばらくその余韻に包まれました。厚かましいと知りつつも「この劇、自分の生徒にやらせたい!」と思いました。二日間のコンクールのうち、二日目だけを拝見したので、一日目の舞台は拝見できませんでしたが、コンクールの審査でも上位になるだろうと予想されました。結果は最優秀賞。恐らく、私だけではなく、多くの人に静かな舞台の大きな感動が伝わったのだと思います。
 その台本が『演劇と教育』誌に掲載され、食い入るように(穴があくほど、といっては大げさかもしれませんが)何度も何度も通勤中に読みました。朝のバスの中で「今日も大変だろうなぁ…」と思いながら、『春一番』を読んでいると私の心が落ち着くのです。通勤時間だけでは読みきれませんので、また翌日に続きから読むのですが、その度に舞台が思い出されました。私は、頭の中でかすかにBGMを響かせ、由美子の優しい語り口や裕美の思いをよみがえらせながら、短い「現実逃避?」のひと時を過ごしました。
  そして今年、斉藤先生の脚本が『夏休み』のタイトルで出版されると知りました。『春一番』も掲載されているとのことで、早速手にしました。6本のお芝居が繰り広げられたあとに私の目にとまったのは、『春一番が吹いた日に』というあとがきでした。斉藤俊雄先生にインタビューをするみゆきさんはもちろん実在の人物ではありません。しかし、斉藤先生の教え子であるかのように、心温まる会話で斉藤先生とお話されているのが面白く、脚本同様に何度も読みました。斉藤先生が一方的に語るのではなく、みゆきさんとの会話を通して、先生が描きたかったことが少しずつ取り出されることで、先生の温かいお人柄と共に七つ森シリーズの舞台下の魅力が、私たちに伝わってくるような気がしました。
 斉藤先生の脚本集を読み返しても、私は『春一番』がやはり一番好きです。きっと演じた生徒たちもこの脚本を舞台で演じたことは一生の宝になるでしょう。『春一番』は盛りだくさんの笑いを含む劇ではありません(私はそんな作品も好きですが…)。『春一番』は、作品を通して自分を静かに振り返ることで「心の成長」を願い、出会えたことに「ありがとう」と言えるような作品…ではないかと私は思います。この作品の魅力を一語ずつ丁寧に伝えながら、現代の中学生に演じてもらいたいと思っています。
 全劇研で『春一番』が再演されることを知り、もう一度観たい衝動にかられ、全体会の申し込みを決めました。関東のコンクールで演じてくれた生徒たちが役柄を変えて演じていましたが、彼女たちの成長ぶりも、それはそれは素晴らしく、すっかり熟成された『春一番』は、関東以上の感動を与えてくれて、涙が止まりませんでした。初めて観た時と違い、ストーリーの展開も台詞もわかっているのに、新鮮な気持ちで観ることができたのは、久喜中学校演劇部の努力の結晶なのでしょう。「中学生って素敵だな…」と改めて感じるひと時をありがとうございました。またいつか、会えるとしたら…タイムカプセルを開ける時(?)かしらね…。みなさん、どうぞお元気で。

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