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2008年1月に作成された記事

2008年1月30日 (水)

『武満徹対談集』を読んで 長生きする劇について考える

 静かな音が好きだ。最近特に静かな世界に浸りたいと思う。そんな中で『武満徹対談集』(ちくま学芸文庫)を読んだ。

「騒々しいものよりは静かなものの方がちょっと長生きするんじゃないかと思う。それは、物理的な音量の上での静けさじゃなくて、自分と音との関わり方だと思いますね。非常に暴力的に鳴る音の中にどれだけ自分に必要な音を聴くかということかな。(中略)僕はたくさんの中から一つを聴くように努力したいと思うのです」

 心に響いてくる。静かな劇を創りたいと思う。プロの劇も、高校生の劇も、自分が関わっている中学生の劇も、騒々しいものが多い。私はその場その場を沸かせ、あっという間に記憶から忘れ去られてしまう作品よりは、何人かがずっとずっと大切にしてくれる作品が創りたいと考えている。長い歴史を顧みると騒々しいものよりは、静かなものの方がちょっと長生きするのではないかと思う。長生きということが、心に残るということを意味するのなら、自作が少しでも長生きすることを望む。

 今回の『春一番』は静かな劇にしたかった。笑いを一度も求めない劇を創りたかった。しかし、その試みを貫くことはできなかった。オープニングは笑いを求めた。劇が始まって15分後にも笑いに繋がる可能性があるシーンがある。ただ、それは放送部が行う放送の中でのこと。中盤から後半にかけては笑いは一度も起こらないはずだ。意図的に笑いをとることを目指した台詞は、中盤以降は存在しないはずだ。ラストシーンは静かに静かに流れて行く。しかし、その静けさの後ろにはたくさんの複雑な思いが隠されている。そんな騒々しい静けさを描いたつもりでいる。さて、新作『春一番』、どれくらい長生きをしてくれるだろうか。

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2008年1月27日 (日)

『春一番』のイメージ画

私の作品のチラシデザインを長年作成してくれているI先生が、新作『春一番』のイメージ画を描いてくださいました。そうなんです、『春一番』はこんなイメージなんです。

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2008年1月26日 (土)

『春一番』に寄せられた感想 その2

先日上演した『春一番』の感想が、メールという形で届けられました。差出人は高校3年生でした。私たちが久喜市ではじめて合同発表会を行ったとき、その発表会に参加した隣の中学校の演劇部員だった方です。心があたたかくなるその感想を紹介したいと思います。

 『春一番』、心が温かくなる作品でした。最初の「恐怖のバレンタイン」( ※お昼の放送の中で演劇部が紹介する次回の上演劇のタイトル …作者注 )から一気にお芝居の中に連れて行かれ…(笑)感激しながら、本気で笑っていました。 「ときめきよろめきフォトグラフ」の鼻血のくだりにしろ、先生の脚本の笑いの部分が好きだったりします(勿論、シリアスなシーンも好きなのですが!)。キャラがしっかりと出来ていて、部員さんひとりひとりがとても楽しんで演技をしているのが印象的でした。みんな若いですね(笑)。
 私は高校でも演劇部に所属していたのですが、今は引退してすっかり演劇をする機会がなくなってしまっていたので、お芝居を見ていて、すごくうずうずしていました。
 会館の設備は、確かにあまり演劇に適している場所ではないと思いましたが、生徒たちや先生方が工夫して演技や演出をなさっていて、素敵だなと思いました。私は、杉戸の公民館や、この発表会のアットホームな空気が大好きです。

 そうなのです。私たちが合同で発表をしている場所は、一般的な概念では演劇にふさわしい場所ではないのです。カーテンは遮光性がなく、会場はすべての電気を消してもかなり明るい状態です。暗転とは名ばかりで、役者が動いている状況がはっきりくっきり見えてしまいます。舞台は狭く、天井は低く、袖は下手だけで、上手は出入りができません。でもここでは、大ホールでは体験できない、観客席と劇を共有する感覚があるのです。観客は役者の目から落ちる涙のしずくを観ることができます。細やかな表情を楽しむことができます。役者は観客席から聞こえてくるすすり泣きの声を聞くことができます。私は、そんな空間が大好きです。

 さて、彼女からのメッセージはラーメンズにも言及されていました。

 幻の森通信を拝見して…ラーメンズの文字を見つけ、思わず食らい付いてしまいました(笑)ラーメンズ、私も大好きなのです。私の家でも、家族総動員でファンになりました。語彙力が無いので上手く表現できないのですが、彼らの作品はただの『笑い』だけではなくて、見ていてすごく惹きこまれます。小林賢太郎さんの才能には脱帽です。

 劇を通して対話ができる。ブログを通して対話ができる。私はこのようなすてきなメッセージに触れ、合同発表会を立ち上げてよかったと思いました。

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2008年1月25日 (金)

回顧2007 旅

昨年の一年間の旅を記録してみた。★は登山、○はハイキング、自然観察。

1月
  ○六義園~明治神宮(東京) 
     ルリビタキ♀、オシドリを観察
2月
  ○小淵沢(山梨) 
     ミヤマホオジロとオオマシコの写真が撮れた。
  ○上野不忍池(東京)
     カモとカモメを楽しんだ後オルセー美術館展に。
  ○葛西臨海公園(東京)
     タシギなど。
  ○多々良沼(群馬)  
     オオタカ、ハクチョウ3種、ミサゴを観察
3月
  ★ 四阿屋山(埼玉・秩父)
     セツブンソウ、フクジュソウの花を楽しむ。
  ○ 三毳山(栃木)
     カタクリを見に行く。今年は暖冬の影響で花が早い。
  ○田島ヶ原(埼玉)
     サクラソウを楽しむ。
4月
  ★高尾山(東京)
     この日は裏高尾を訪れる。カタクリを楽しむ。
  ★角田山(新潟)
     オオミスミソウ、カタクリ(白花を含む)。瀬波温泉で一泊。
  ★臥牛山(新潟) 
     低山中の低山。コシノバイモ、キバナノアマナの群落。
  ○谷津干潟(東京)
     ダイシャクシギ、セイタカシギなどのシギの仲間。  
  ★坪山(山梨) 
     ヒカゲツツジで最近人気の山。イワウチワも美しい。
  ○三毳山(栃木) 
     イチリンソウの群落。
  ○県民の森~塩原遊歩道(栃木)
     アカヤシオ、オオルリ。大和屋旅館に宿泊。
5月
  ○裏磐梯(福島)
     オオルリ、キビタキ、ミソサザイ。民宿と猫魔ホテルに宿泊。
  ★高尾山(東京)
     今年2回目の登山。
  ○戸隠森林公園(長野)
     マミジロとの初めての出会い。民宿に宿泊。
  ○八方ヶ原(学校平)~沼原湿原(栃木)
     カツラの花が木を赤く輝かせている。
  ★三毳山(栃木)
     頂上まで登る。トンボの数・種類が増えてきた。
6月
  ○奥胎内~福島潟(新潟) 
     アカショウビン初見、オオルリ、キビタキ、コヨシキリ。
           奥胎内ヒュッテに宿泊。
  ★本沢温泉~八ヶ岳【硫黄岳~横岳~赤岳】(山梨)
     ツクモグサ、カモシカ、ホテイラン。
     本沢温泉、赤岳展望荘に宿泊。
  ○入笠山(山梨)
     雨の中の自生のスズラン。雨が激しく登山は断念。
7月
  ★高尾山(東京)
     ミヤマクワガタ、ルリボシカミキリ。暑かった。
  ○小川町オオムラサキの里(埼玉)
     オオムラサキ、ウスバカゲロウの写真撮影に成功。
8月
  ★水の塔山・東篭の塔山・池ノ平湿原(長野)
     高峰温泉で湯につかる。池ノ平湿原で、コマクサ。
  ○四万十川周辺(高知)
     トンボ公園でトンボ多数。
     ホウェールウォッチングでイルカの大群。四万十で2泊。
  ★大菩薩峠(山梨)
     雷に追いかけられて下山。大菩薩の湯に。
  ○葦毛湿原(愛知)
     希少植物多数観察。
  ★雲取山(埼玉~東京)
     雲取山山荘に宿泊。シラヒゲソウ、ミヤマモジズリ。
9月
  ○塩原渓谷遊歩道(栃木)
     タマゴタケ他のキノコ多数。大和屋旅館に宿泊。
10月
  ○栃木のある場所
     タガメを見に行く。生まれて初めてタガメを見た。
  ○湯野上温泉(福島) 
     カンタンの撮影に成功。しかし誤って消してしまう。
  ○吾妻渓谷(群馬)
     今年は紅葉が遅いため、一週間早かった。
11月
  ★一切経山~東吾妻~東小富士(福島)
     浄土平の紅葉は既に終わっていた。登山後、高湯温泉に。
  ★妙義山(群馬)
     紅葉の真っ盛りだった。下山後、妙義温泉に。
12月
  ○石見銀山~鳥取砂丘(島根~鳥取)
     雪の大山が美しい。玉造温泉に宿泊。

 こうやって書き出してみると、ずいぶんたくさんの場所に出かけたものだと思う。こんなに遊んでばかりいては、昨日ブログに書いたような勉強なんて、本当にできたのだろうかと訝る人もいるだろう。しかし、私の勉強がもっとも捗るのは、旅行に出かけたときなのである。仕事(授業)のアイディアも旅行中に浮かぶことが多い。私には遊びと勉強の明確な境界線がない。遊びは勉強であり、勉強は遊びである。英語の猛勉強は旅行先でも行われていた。せっかくの旅行くらいという人もいるが、これだけ旅行に出かけていれば、せっかくというまくらは必要ない。

 自然を楽しみ、写真を楽しみ、山登りを楽しみ、温泉を楽しみ、料理を楽しむ、読書を楽しみ、英語の学びを楽しむ、時として脚本を作り、授業のアイディアを紡ぎ出す。私にとっての旅はそんな楽しみに満ちている。

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2008年1月24日 (木)

回顧2007 人生で一番英語を学んだ一年

 2007年ほど本を読まなかった年はない。いや、そうではない、本は読んだ。しかし、今まで読んできた小説や評論は読まなかった。2007年私が一番読んだのは英語関連の本である。2007年は人生の中で一番英語を勉強した年となった。このブログが長い期間更新できなかったのは、その大半を英語学習の時間にあてたからである。理由は至って簡単。すぐれた英語教師になりたい、本当の意味でプロと呼ばれる英語教師になりたい、そう思ったからである。同時に言葉を見つめていきたいと思った。教師として、そして脚本家としても。英語に本気で向かうことで、日本語を相対的に見つめ直したいと思った。研ぎ澄まされた言語感覚を身につけたいと思った。

 英語の学びの中で続いているものが結構ある。そのうちの一つは英字新聞を読むことだ。THE DAILY YOMIURIの定期購読を始めてかれこれ2年。ほとんど毎日と言っていいほど読み続けている。私の1日は英字新聞で始まると言っても過言ではない。よほど忙しい時を抜かして、少なくともトップニュースは読むようにしている。

 学校への行き帰りの車の中は、英語関係のCDを聞いている。ラジオ講座の「ビジネス英会話」「英会話上級」「徹底トレーニング英会話」をよく聞いている。英検1級関連のCDもよく聞いた。まだ受験には至っていないが、近いうちにと考えている。休みなどは1日10時間以上勉強することも数多くあった。

 英語関係のテレビ番組も、よく見た。2005年までさかのぼるが、毎回欠かさず見てきたのは次の番組。

ハートで感じる英文法   大西泰斗 ポール・マクベイ
ハートで感じる英語塾   大西泰斗 ポール・マクベイ
新感覚☆わかる使える英文法  田中茂範 
新感覚☆キーワードで英会話  田中茂範
英語でしゃべらナイト 

 ラジオ番組は時間的に聞けないので、テキストとそのCDを聞いている。テキストをずっと読み続けているのは次の3つ。

ビジネス英会話
徹底トレーニング英会話
英会話上級

更に、今までの英語教育を根幹から変えることができるという思いから、「ハートで感じる英文法」の大西泰斗の本を買いまくり、読みまくった。読んだ本は次の通り。

ネイティブスピーカーの英単語 1 基本動詞
ネイティブスピーカーの英単語 2 動詞トップギア
ネイティブスピーカーの英単語 3 形容詞の感覚
ネイティブスピーカーの前置詞
ネイティブスピーカーの英語感覚
ネイティブスピーカーの英会話
ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力
ネイティブの感覚がわかる英文法
いつのまにか身につくイメージ英語革命
英文法を壊す
ハートで感じる英文法
ハートで感じる英文法会話編

学びは苦しい、でも楽しい。最近、そんな学びの楽しさがようやくわかってきた気がする。

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2008年1月23日 (水)

回顧2007 心に残ったTV番組 ハゲタカ、点と線…

2007年のTV番組で心に残ったものをあげてみよう。

「ハゲタカ」
 面白かった。これほど次回の放送が待たれるTVドラマが今までどれだけあったろうか。高校時代から経済が嫌いな私は、真山仁の経済小説が原作であるこのドラマを見ることを初めは躊躇したのであるが、読売新聞紙上で激賞されていたので、とりあえずという気持ちで見た。見始めてすぐ、「とりあえず」という気持ちは消えてなくなった。
 予定調和的にドラマが進まない。そのために次がどうなるのか読めない。善と悪が見方によって変わる。ある人は別のある人にとっては善、しかし更に別のある人にとっては悪。勧善懲悪とは対極にありながら、ピカレスクロマンといった悪の物語ではない。善悪を超えたところで人間の魅力が胸に迫ってくるドラマであった。芸術でありエンターテイメントでもある。テレビ番組での最高の栄誉であるイタリア賞を受賞したことに驚きはない。当然だと思う。
 
 日本のテレビドラマのイタリア賞受賞は27年ぶりである。前回の受賞は、『四季~ユートピアノ~』(1980年の受賞作 構成・演出:佐々木昭一郎)。確かにこの作品も素晴らしかった。佐々木昭一郎は私が一番好きなTV演出家。語り出すと止まらないくらい…。そんな彼の作品と肩を並べる作品がこの国に現れるとは(あくまでも賞の上での話だが)。生きているとよいことがある。

「点と線」テレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャル
 松本清張の推理ドラマは、謎解きの素晴らしさは言を俟たないが、人間の描き方も実に見事である。巨悪に立ち向かう一刑事の物語という見方もできるが、単なる勧善懲悪ものではなく、巨悪に属する人たちも実に丁寧にかつ魅力的に描かれていた。原作よし。竹山洋の脚本よし。石橋冠の演出よし。役者はみな達者。前・後編に別れる超大作であったが、時間が経つのを忘れて見た。

「ハイビジョン特集 ファーブル昆虫記 ~南仏・愛しき小宇宙~」
 私の大好きな「ファーブル昆虫記」。その世界をこんなにすてきな映像で見せてくれる番組ができるとは。NHKハイビジョンに感謝。

「数学者はキノコ狩りの夢を見る~ポアンカレ予想・100年の格闘」
 ポアンカレ予想を証明するまでの数学者の格闘、それを解いたペレリマンの人生が描かれる。数学のノーベル賞と呼ばれるフィールズ賞を辞退したあと、彼は人とのつきあいを断って故郷の森でキノコ狩りをしているという。これもNHKハイビジョンの放送。NHKハイビジョン万歳。

 連続ドラマはまず見ない。この1年で見たのは『ガリレオ』だけ。原作者が東野圭吾であることに惹かれ、勢いで見てしまった。心に残る作品ではなかったが、録画して食事をしながら見るには「実に面白い」。そうそうずっと見続けている番組は今年も健在だった。それは『迷宮美術館』。昨日放送されたルネ・ラリックの特集もよかった。

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2008年1月22日 (火)

回顧2007 演劇4 宝塚花組・春野寿美礼

 2007年の私の演劇体験で特筆すべき出来事、その最後に登場するのが宝塚歌劇団の観劇である。今まで私は宝塚的演技を嫌ってきた。そして、それは今も変わらない。中学生があこがれるのは理解できる。ただ、中学生の演劇の中で宝塚的表現が使われる時、私は違和感を覚える。宝塚的表現は中学生の身体に全くなじまないのだ。私の目指している演劇は、宝塚のそれとはベクトルが異なる。

 そんな私が12月1日(土)はじめて宝塚を観劇した。花組トップ・春野寿美礼のサヨナラ公演「アデュー・マルセイユ」「ラブ・シンフォニー」である。正確に表現すれば宝塚を観に行ったのではなく、春野寿美礼を観に行ったのだ。劇場に入って一人では来られないと思った(あくまで私は)。男性客の少なかったこと…。そして、ファンのつくりだす独特な空気…。春野寿美礼の大ファンである妻が一緒でなければ観には行けなかった(妻は春野寿美礼の声を聴くと癒されるのだという)。

 春野寿美礼という存在は宝塚という枠を超えた存在である。彼女の存在を知らない人も、昨年の世界陸上で「君が代」を歌った人といえば「あー、あの」という言葉が出てくるのではないだろうか。

 彼女の魅力が最大限に発揮されたのは『エリザベート』だと思う。生舞台ではなくDVDで観たのだが、それでもその素晴らしさは十分伝わった。私はその中でも特に「闇が広がる」という曲が好きで、それが歌われるシーンを十回以上観ている。何度観ても素晴らしい。何度聴いても素晴らしい。指先にまで神経の行き渡った彼女の表現は、私が理想としている表現と共通する。退団前に、彼女の芝居と歌を生で味わうことができてよかった。

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回顧2007 演劇3 劇団桟敷童子

2007年に私が出合った演劇の回想を続けよう。

 私はここ数ヶ月のうちに上演された作品をすべて観ている劇団がある。それは劇団桟敷童子

 私の教え子が先日この劇団に入ったためだ。彼女曰く、「劇団の作品世界が先生が創ってきた世界と似ている」。送られてきたチラシには彼女の名前が本名で載っていた。昨年の11月、私はこの劇団の2作品連続上演を観に出かけた。『博多湾岸台風小僧』『しゃんしゃん影法師』。どちらも美しい舞台であった。役者も達者である。懐かしい世界に出会ったという感覚があった。それは泥臭い中に美しさがある世界。美と醜があざなえる縄となって絡み合い、その絡み合いから新たな美が立ち上がる世界。この劇団の生み出した作品のいくつかは、岸田國士戯曲賞の候補にもなったようだ。

 劇団桟敷童子の『泥花』が中野光座で明日から上演が始まる。もちろん観に行く。さて、今回はどんな世界に連れて行ってくれるのか、今から楽しみである。

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2008年1月21日 (月)

回顧2007 演劇2 ラーメンズ

 昨日、2007年に私が関わった演劇または演劇人のことを書いた。
 今日は、私が触れた演劇またはその周辺について書こう。
 2007年、私が最も心を動かされレたのはラーメンズの作品群だ。ラーメンズのことは私の教え子の一人が以前からすごいすごいと話していたので、その存在だけは知っていた。そして、WOWOWがラーメンズの作品をオンエアしたとき、私はそれをみた。ただしほんのさわりだけ。そしてさわりだけみて次をみるのをやめた。私がみたのは第9回公演「鯨」の第一話「ことわざ仙人」だった。今回再びその作品に出合ったが、やはり「ことわざ仙人」は面白くなかった。しかし、頑張って続きをみるべきだった。そうしていたら、ラーメンズに浸る日々が3年早く訪れたはずだ。もし、3年早まっていたら、彼らに受けた影響が…。考えまい。今、出合えたことを喜ぼう。

 今回私がもう一度彼らの作品に触れてみようと思ったのは、N HK教育が演劇を扱う番組で彼らの作品を取り上げたからである。それは第16回公演「TEXT」。見終えた後、ラーメンズ=お笑いグループという考えは跡形もなく崩れ去っていた。魂が震える笑いに出合ったと感じた。それは「釣りバカ」や「Mr.ビーン」をみて、笑うどころか、怒り出してしまう私が、笑える笑いだった。すぐにアマゾンでラーメンズの作品で入手できるものを探し、そこで見つけたDVDボックスを注文した。妻もラーメンズのファンとなったため、二人で毎日毎日彼らの作品群を楽しんだ。現在までにみたのは次の通り。

 第8回公演「椿」
 第9回公演「鯨」
 特別公演「零の箱式」 
 第10回公演「雀」 
 第11回公演「CHERRY BLOSSOM FRONT345」
 第12回公演「ATOM」 
 第13回公演「CLASSIC」
 第14回公演「STUDY」
 第15回公演「アリス」
 第16回公演「TEXT」

 この作品群の中でも「TEXT」の完成度は特に高い。笑いに知性がある、見事に計算尽くされた構成、そのラストは詩情が漂う。雑誌「演劇ぶっく」の今月号はラーメンズ作品の作・演出を務める小林賢太郎が表紙を飾り、彼のインタビューも収録されている。妻が本屋で見つけて買ってきてくれた。私はラーメンズというよりそのブレーンである小林賢太郎に興味がある。今年は彼の活動から目が離せない。

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2008年1月20日 (日)

回顧2007 演劇1 私と演劇

2007年の私と演劇(特に中学校の演劇)との関わりについて振り返ってみたい。

  • 3月、2007関東中学校演劇コンクールにて久喜中学校演劇部が『降るような星空』を上演し、優秀賞を受賞した。晩成書房戯曲賞受賞を受賞した10年以上前の作品の再演。オリジナルは2時間を超える作品であるが、1時間の作品に作り直した。関東大会には4年連続の出場となった(今年も選ばれたので5年連続の出場)

  • 5月、木村弓さんと久喜中演劇部・合唱部が共演した。木村弓さんは宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』と『ハウルの動く城』のエンディングテーマを作曲した方である。本番一週間前の東京オペラシティーでの三時間にわたるリハーサルで木村弓さんの優しい人柄に触れることができた。コンサートの最後に行われたコラボレーションの演出は私が行った。童謡『ふるさと』のアカペラでの三部合唱に木村弓さんのライヤーの響きが加わり、そこに谷川俊太郎の「生きる」の朗読が入るというパフォーマンスは聴衆を魅了した。この回のプロデュースは久喜青年会議所の方々だった。その日の様子と部長のインタビューが埼玉新聞で紹介された。数日後、久喜中学校に木村弓さんから長文の手紙が届けられた。私は色紙をいただいたが、そこには「いつも心躍る夢を」と書かれていた。大切にしたい言葉だ。

  • 8月、『中学生のドラマ 7 友だち・友情』(晩成書房)に自作「ときめきよろめきフォトグラフ」が掲載された、また「演劇と教育8・9月」に自作『青空』が掲載された。また、台本と一緒に神奈川県で『青空』を上演した西本郷中の取り組みも紹介された。その紹介の中には、私たちの久喜中学校も登場している。

  • 8月、第51回全国中学校演劇指導者研究大会で久喜中学校演劇部が『青空』を上演した。すすり泣きの響く観客席。すてきな空間が生まれた。この劇で3年生は引退。劇を終えてすべての舞台道具を運び終えた後、楽屋の中で3年生はもちろん、2年生も1年生もみんな泣いた。生徒たちの涙に出会った私の心は、青空だった。
  • 8月、中文連の全国大会で自作『降るような星空』が上演されたのでみにいった。その日の帰り、落雷による事故で電車が止まり家に帰れなくなった。急遽、全国大会に関わった顧問の飲み会に飛び入りで参加。結局、オリンピック会館に宿泊することになった。そこでの対話は楽しかった。別の機会に、東京、栃木の中学演劇関係者と酒を酌み交わす機会があった。それもとても楽しい会となったが、最終に乗り遅れ、タクシーで帰るはめに。タクシー代はなんと八千円だった。

  • 10月、沼田青年会議所の方々が「劇団・夢への架け橋」第一回公演で自作『夏休み』を上演した。千人近くの観客を集めたようで、その様子が上毛新聞に写真入りで紹介された。「劇団・夢の架け橋」は今年も、私の『夏休み』を2年続けて上演するという。4月には私が沼田で講演をすることが決まっている。打ち合わせのために沼田から久喜中まで車でやってきてしまうバイタリティーには驚くばかり。
  • そして12月の末、新作『春一番』を書き上げた。

振り返ってみると、つらいこともたくさんあったが、嬉しいこともたくさんあった2007年だった。

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2008年1月19日 (土)

『春一番』に寄せられた感想

先日上演した『春一番』の感想が送られてきました。一緒に上演した他校の顧問の先生からです。

 楽しみにしていた「春一番」、とてもよかったです!
「青空」が、今までの斉藤先生の作品で一番好きかも、と思っていましたが、今回の作品も、とても好きです。
 中3の部員が見に来ていましたが、終わった後、「自分達のことみたいで、身につまされて見ました」と言って帰りました。
 ごく普通の中学生の中にある悩み、すぐ隣にある悩みや葛藤を、本当に自然に描いていて、素晴らしいなあと思いました。
 中心になる女の子、5人のどの子にもドラマがある(先生にもですね)。それが何とも繊細に絡んでいて、でもラストに向かって収束していくところが、圧巻でした。
 子どもたちの演技もすばらしかったですね。舞台の上にいる子が、しっかりと役の人生を生きているなあと感心しました。

作者というものはどんな感想をも受け入れなくてはいけない存在なのかもしれません。しかし、期待通りの感想は、うれしいものです。

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2008年1月17日 (木)

『春一番』 死から遠く離れて

 私はかつて何度か「死」を感動の道具として使ったことがある。今回の『春一番』でも「死」が一つのエピソードとして語られた。生徒会長が友の死を忘れないため、タイムカプセルの中に死んだ友の思い出の品を詰め込むというものである。昨日、私はそのエピソードをこの物語からなくした。心がすっきりした。

 私はこの『春一番』という物語を、日常の延長線上として描きたかった。もちろん「死」が日常の延長線上にないわけではない。ただ、多くの場合「死」はそれとは違った特別な衣装をまとって現れる。私は『春一番』が「死」の表現を伴わなくとも心に響く作品となることを示したかった。私は今、日常から感動を生み出す表現をこの手でつかんだ気がしている。

 『春一番』は2月10日に久喜総合文化会館小ホールで再演する(上演開始は14時40分)。私が今手にしたものを、多くの人にみてもらいたい。手にしたと思っているものは、単なる私の錯覚なのかもしれない。自分の性格からして、近いうちに「あれは錯覚だった」と思う可能性は高い。ただ、たとえ錯覚だとしても、この錯覚は今現在とても魅力的なものなのだ。素晴らしい手品がまるで魔法のように思えてしまう錯覚。私の作品がそんな手品であればいいと思う。そう、私はマジシャンでもあるのだから。

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2008年1月13日 (日)

『春一番』 ~関東大会へ~

新作『春一番』を2008東部地区中学校冬期演劇発表会で上演しました。上演後、よい劇が生まれたのかなと思うことができました。プロの演出家でもある講師兼審査員の方が講評で「昨日、台本を読んで3回泣いた」と語ってくれました。妻は今までみた私の作品の中でこれほど泣いたのははじめてと絶賛してくれました。はじめは涙を隠していたようですが、途中から周りの人が次々と泣いていくので、安心して泣けたようです。食事をしながら劇のことを2時間以上語り合いました。上演中私の耳にも、鼻をすする音が心地よく響いてきました。ハンカチではなくタオルを使って涙を拭いている方がいました。中学生男子を劇で泣かせるというのは簡単なことではありませんが、某中学校の男子部員は何度も何度も涙をぬぐっていました。数日前、保護者だけに受ける劇ではないといいというようなことを書きましたが、その心配はないのだと確信できました。
 
久喜中学校演劇部は『春一番』で関東大会への出場を決めました。さて、それでは今日受け取ったアンケートのうちからいくつかを、ここで紹介したいと思います(すべて他校演劇部生徒のものです)。

演じている人それぞれの思いが心の中にズシンと響きました。上手いか下手かとかの次元を超えた、素晴らしい作品でした。裕美ちゃん(放送部員の一人)素晴らしかった。余韻がまだ残っています。

とても興味深い話でした。卒業まで残り一ヶ月の放送部が繰り広げていく数々の展開に目が離せませんでした。最後とても感動しました。

とても感動しました。途中、涙がでてきて、自分でも驚きました。由美子(主人公)のあの演技がとても感動しました。とてもよい舞台でした。

演じている人が、本当に泣いていて、すごかったです。感動しました。

4人の関係や生徒会長の悩みなどが、どれもよく伝わってきて、すごいと思いました。みゆきさん(主人公・由美子の友達)が本当に泣いたときには、とても驚きました。劇じゃないんじゃないかと思いました。とてもすごい劇だったと思います。これからも頑張ってください。

一言で言うと、涙が止まりませんでした。今日はすてきな劇をありがとうございました。

この年になっても「よかった」という言葉は嬉しいものです。いつもは常体の文ですが、今日は敬体の文でブログを書きました。丁寧な言葉を使いたい気分でしたので。

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2008年1月10日 (木)

Little DJ 小さな恋の物語

 焦った。びっくりした。はじめてこの物語の存在を知ったのは12月暮れの読売新聞に載った映画の広告。すぐにインターネットでどんな物語かを調べた。そこには次のような紹介文が記されていた。「入院生活に飽きてきた頃、毎日お昼に聞こえる音楽に興味を持ち始めた太郎は、やがてお昼の院内放送のDJを行うように」「誰もが忘れられない初恋と少年少女の成長を70年代の名曲で彩る、ノスタルジックな日本版“小さな恋のメロディ」。ますます、焦る。私が制作している『春一番』にはDJを夢見る二人の少女が登場する。そして、『春一番』は70年代にヒットした名曲である。私は、すぐにアマゾンにこの小説を注文した。あらすじを見た感じでは、DJになりたい主人公という以外の共通点はありそうもなかったが、気になって仕方なかった。アマゾンから届けられた本をその日のうちに読み始めた。そして、全く違う地平にあることを確認し、そこで読むことを中断した。昨日、再び読み始めとりあえず最後まで読んだ。

 泣くという気持ちからかなり遠いところに自分はいた。これを読む少し前に読んだ、森絵都の「彼女のアリア」「つきのふね」では、はからずも涙いてしまった私だったが(もちろんどちらの作品も人は死にません)、「Little DJ」はあまりにも激しく、「泣け、泣け」という叫び声が聞こえてくるようで、ひいてしまった。舞台の世界でも、役者があまりに激しく泣くとその勢いに観客がひいてしまうということがよくあるが、それと同質の何かを感じた。

 息子の闘病を通して父が変容していく流れは「君は海をみたか」(倉本聡)であり、落ちは「ラブレター」(岩井俊二)だった。ただし、「ラブレター」に満ちあふれていた詩情がない。
 一言で言うと、典型的な難病ものであった。難病もののほとんどを嫌う自分ではあるが(その代表作は「ジョーイ」「ある愛の詩」)、難病ものを否定するわけではない。私自身「降るような星空」という作品を若い頃に書いている(主人公の弟が難病で死んだことが回想で提示される。主人公がラストで死ぬ難病ものとは違うが…)。ただ今の自分は感動の単なる道具として機能する難病ものは書かないだろう。難病に向き合うということは、本人にとってもその周りにとっても、単にきれいごとではすまされないのだ。

 難病ものの多くが死を、美化していると感じる。そんな難病ものではない難病ものが描ければ描いてみたい気もする。

 DJという小道具以外の共通項はなさそうである。一安心。…といっても注目度に関しては私の『春一番』など、『Little DJ』にはまったく歯が立たない、埃のような作品なのであるが。埃には埃なりの誇りがある。

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2008年1月 7日 (月)

『春一番』~ここ数日の練習~

今日は『春一番』の5回目の通し練習。なかなかよい調子である。1月4日の部活はじめから4日連続の通し練習。一日一日の変化が手にとってわかる。

1月5日に行った3回目の通し練習には保護者が8人見学に来てくれた。ありがたい。オープニングでは声を出して笑い、半ば過ぎからは鼻をすする音が断続的に聞こえてくる。今回の劇は、泣きが早く来るようだ。あまり泣きが早く来るので、ラストまでに疲れてしまうのではないかと心配したが、そんなことはなかったようだ。ただ楽観は禁物だ。観劇(感激)したのは部員の保護者である。その反応がそっくりそのまま本番でも得られるというほど現実は甘くはない。ただ、今までの経験では本番も同じような反応が得られたことの方が多い。保護者がみてもなんの反応もないということもあり得ることを考えれば、上々だと前向きにとらえたい。

 

 4回目の通しには前任校太東中時代の私の教え子が練習を見に来てくれた。そして、そのまま通しもみてくれた。こちらはみてくれて助かり、呼ばれた側も劇を見て楽しんでくれる。このような関係をいつまでも保てる部でありたい。こちらの反応もとてもよかった。

 

 以前15歳だった人たちには、かつて経験した15歳が胸に迫ってくる。またこれから15歳を迎えようとする演劇部の生徒たちには、これから経験するかもしれない現実問題として胸に迫ってくる。『春一番』がそんな力を持った劇となることを願う。現代と過去を同一地平線・同一空間で描くという試みは、保護者とその部員という狭い世界では成功といってよい結果を得た。明日から学校が始まるため、来週の土曜まで通し練習はできない。来週の土曜は前日リハーサル。そして翌13日()が本番である。今日は、台本を渡して7日目の練習。今日までの7日間、無我夢中で劇に取り組んだ。私たちの演劇部は、普段は休日練習も朝練もやらない部活であるが。1年の中にはこのような時もあっていいのかなと思う。

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夢は夢見ることから始まる~山陰を旅して思うこと~

 12月27日~29日の3日間、山陰(鳥取・島根)を旅した。
1日目の宿泊は鳥取県米子市にある米子全日空ホテル。米子は私にとって大切な場所だ。昨年米子市の2校の中学校が自作・「夏休み」を上演している。「私は、ここで私の作品を上演した人たちと出会っているのかもしれない」、滞在中にそんなことを考えた。上演した先生から「中学校が水木しげるさん出身の境港市に近いこともあり、(自作「夏休み」は)生徒、 保護者、職員ともども親しみやすい内容で、好評を得ました」というメールをいただいていた。「夏休み」にはたくさんの妖怪が登場する。その妖怪達が取り持つ縁といったところか。時間があれば境港市の水木しげるロードが見たかった。私は「ゲゲゲの鬼太郎」の大ファンである。40年前の私は鬼太郎が連載されていた少年マガジンの発売を楽しみにしていた(読み始めた頃のタイトルは「墓場の鬼太郎」だった)。

 私は卒業を迎える生徒たちによく自分の夢を語る。
「自分が書いた脚本が全国各地で上演される」
これは20年前の私が語った夢の一つである。ある生徒は、その夢の実現を信じ、ある生徒は笑った。それは悪意のある笑いというものではなく、私の冗談が面白いといった笑いであった。私も、あまり真面目に言うと恥ずかしいので、冗談ととられてもいいといった感じで語ったことを記憶している。しかし、私は本気だった。

 聴覚障害を持ちながらスキーのジャンプで活躍した高橋竜二選手は彼を特集したテレビ番組でこう語った。「夢は夢見ることから始まる」。私は、彼のこの言葉をとても大切にしている。私の作品は今、全国で上演されるようになった。もちろんそこに至るには幸運もあった。しかし、夢の実現は、夢見たことから始まった。

 私は夢見たことの一つが、夢ではなくなったことをかつての教え子に伝えたく、ペンネームを使わず本名である斉藤俊雄で書き続けている。かつての生徒がどこかでこの名前に出会ったとき、私だとわかるように。そして今、私は新たな夢を夢見ている。

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2008年1月 6日 (日)

2007年に自作を上演してくれた学校

 昨年の3月コンピュータがクラッシュした。ハードディスクが壊れ、専門家に見てもらったが復活しなかった。幸いその10日前にバックアップを取っておいたので大事故には至らなかったが、一抹の寂しさを伴う事故となった。いちばんの寂しい出来事は過去のメールがすべて消えたこと。バックアップをとっておかなかったのが痛かった。一番痛いのはここ10年間の上演依頼のメールが消えてしまったこと(5年前までは記録していたが、最近5年間はまとめていない)。あとでまとめようと思っていたのだが…。残念…、老後の楽しみが一つ減ってしまった…
そんな悲しい思いをしないように、昨年一年間に上演依頼が届いた学校をまとめてみた。

北海道  北星学園女子中学校 「ときめきよろめきフォトグラフ」
福島県  東白川郡塙町立塙中学校 「夏休み」
茨城県  古河市立古河第一中学校 「雪物語」
群馬県  沼田市劇団・夢の架け橋第1回公演 「夏休み」 
                        上毛新聞に掲載される
栃木県  栃木県岩舟町立岩舟中学校 「降るような星空」
埼玉県  さいたま市立日進中学校 「夏休み」 
                        さいたま市中央大会に 
埼玉県  さいたま市立常盤中学校 「茜色の季節」
千葉県  千葉市立松ヶ丘中学校 「茜色の季節」 
東京都  東京都立光丘高等学校 「雪物語」
東京都  板橋区立赤塚第一中学校 「降るような星空」
東京都   私立十文字中学校 「降るような星空」
東京都  練馬区立大泉西中学校 「降るような星空」
東京都  八王子市立ひよどり山中学校 「降るような星空」 
                       都大会へ
東京都  足立区立水元中学校 「夏休み」
東京都  世田谷区緑丘中学校 「降るような星空」 
                       中文連全国大会で上演 
東京都  世田谷区立奥沢中 「ときめきよろめきフォトグラフ」 
                       都大会へ
神奈川県 相模原市上溝中学校 「なっちゃんの夏」
神奈川県 平塚市浜岳中学校 「降るような星空」 
                       神奈川県・県大会へ
神奈川県 上溝南中学校 「なっちゃんの夏」
神奈川県 横浜市立大綱中学校 「茜色の季節」
神奈川県 横浜市立中川中学校 「夏休み」
神奈川県 横浜市立西本郷中学校 「青空」 
               2007関東中学校演劇コンクールで上演
山梨県  北杜市立武川中学校 「降るような星空」
京都府  京都府立南丹高等学校 「夏休み」
京都府  京都府南丹市立殿田中学校 「夏休み」
京都府  南丹市立園部中学校「夏休み」
滋賀県  高島市立今津中学校 「夏休み」
兵庫県  三田市立ゆりのき台中学校 「なっちゃんの夏」
兵庫県  加古川市立中部中学校 「夏休み」
愛知県  春日井市立東部中学校 「夏休み」
愛知県  春日井市立鷹来中学校 「降るような星空」
鳥取県  米子市立美保中学校 「夏休み」
鳥取県  米子市立後藤ヶ丘中学校 「夏休み」
大分県  竹田市立直入中学校 「茜色の季節」
大分県  私立大分高校 「ときめきよろめきフォトグラフ」
長崎県  諫早市立有喜中学校 「夏休み」
長崎県  南島原市立布津中学校「夏休み」
鹿児島県 曽於市立財部北中学校 「夏休み」
鹿児島県 大島郡和泊町立和泊中学校 「青空」
鹿児島県 蒲生中学校 「降るような星空」

 偏りはあるものの、日本の各地で自分の作品が上演されているのだと思うと嬉しい。今日は東京都の大会で私の作品が2作品上演された。八王子市立ひよどり山中学校 「降るような星空」と世田谷区立奥沢中 「ときめきよろめきフォトグラフ」である。来週、自分たちの発表があるため、みに行くことができなかったが。きっとよい発表となったことと思う。

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2008年1月 4日 (金)

七つ森という世界と「人間喜劇」

 バルザックはある作品の脇役が、別のある作品の主人公となるという「人物の再登場」という手法を用いて、作品相互を関連づけた。そして、それによって19世紀のフランスを描こうとしたという。彼はそのようにして構想された作品群を「人間喜劇」というシリーズにまとめた。

 七つ森は私の劇の舞台となる架空の場所である。ここ5年間のうちに創った、または再演した劇はすべてこの七つ森を舞台にした作品である(「ときめきよろめきフォトグラフ」「なっちゃんの夏」「青空」「降るような星空」そして新作「春一番」)。私は七つ森のシリーズをバルザックが構想した「人間喜劇」に連なる取り組みとして構築している。

 例えば『ときめきよろめきフォトグラフ』登場する福沢ゆき絵という人物。このドラマの中で彼女は定位置であった学年1番の座から転落するが、そのとき一番となったのが『降るような星空』の木谷みどりである。『ときめきよろめきフォトグラフ』『なっちゃんの夏』『青空』には松本という教師が登場する。私の構想では松本という教師は二人いて、二人は姉妹である。姉・洋子は『なっちゃんの夏』と『青空』に登場する私立七つ森女学院の教師(発表時では『なっちゃんの夏』の学校は共学なので今後変更する)。妹・由美子は『ときめきよろめきフォトグラフ』に登場する市立七つ森中学校の教師。私の作品を上演してくれた学校の生徒の多くは、この松本(通称マッチー)という教師を通して作品相互の関連に気がついてくれている。
 
 今回の『春一番』は『ときめきよろめきフォトグラフ』に繋がる作品である。『春一番』の主人公は『ときめきよろめきフォトグラフ』では脇役を演じている。『春一番』も『ときめきよろめきフォトグラフ』も独立した作品であるため(私は続編は創らない)、作品相互の繋がりを知らなくとも楽しめるはずだが、この繋がりを感じることで世界が少し広がり深まるとも思う。

 ということで興味がある方は、作品相互の繋がりを意識して七つ森シリーズに触れてみてください。

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2008年1月 3日 (木)

『春一番』~完成に至るまでの読書~

 『春一番』を書き上げるまでに、十代の少年少女を描いた小説や漫画を読んだ。中学の教師である自分が、毎日のように接している十代の少年少女たち。しかし、その少年少女達を表現することはやさしいことのようでいてやさしくはない。私は、彼ら・彼女らが小説や漫画でどのように表現されているかに興味があった。創作の参考にするために読んだ本は次の通り(題材として十代とは関係ないものも含まれる)。

「カラフル」 森絵都
「宇宙のみなしご」 森絵都
「つきのふね」 森絵都
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」 森絵都
「永遠の出口」 森絵都
「リズム」 森絵都
「DIVE!!」 森絵都
「黄色い目の魚」 佐藤多佳子
「一瞬の風になれ 第一部 イチニツイテ」 佐藤多佳子 …彼女の小説はどうも私の心に溶け込んでいかない。第一部を読んだところで挫折宣言。
「夜のピクニック」 恩田陸 …映画もみました。
「タッチ」 あだち充
「ラフ」  あだち充
「バッテリーⅡ」 あさのあつこ
「友情」 武者小路実篤 …中学生のとき以来の再読です。
「こころ」 夏目漱石  …これも中学生の時以来の再読です。「友情」「ここ ろ」の世界を中学生に移して作品を創るつもりでしたが、途中でずいぶん方向性が変わってしまいました。

 ヤングアダルトと呼ばれている本をこれだけ読むと、さすがに食べ過ぎで胃もたれになりもしたが、胃もたれを通り過ぎたところで作品がつくれてよかった。
 森絵都の作品が多くなったのは、彼女の少年少女のとらえ方に共感したからに他ならない。特に「アーモンド入りチョコレートのワルツ」に収録されている「彼女のアリア」は今でも私の心をとらえて放さない。私はこの作品のラストで、小説を読みながら涙がこぼれてくるという、小説を読むという行為を通してはほとんど味わったことがない経験をした。正直、この作品を自分の手で劇にしたいという欲求が今でもある。しかし、著作権の関係でそれはできないであろうから、それと同質の感動がある、それでいて「彼女のアリア」とは全然違った作品を創ろうとした。当然そんなすごいことは簡単にできるはずはなく、創作中、私は「彼女のアリア」に何度も何度も嫉妬した。

 創作中、嫉妬せずにはいられない作品に出会えて本当によかった。

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2008年1月 2日 (水)

『春一番』~台本完成から初めての通しまで~

 台本を渡したのは12月24日の午前10時。部員全員が静まりかえった部室でそれを読む。私は、それを静かに、内心どきどきしながら眺めている。静かな静かなときが流れていく。

 読み始めてから15分くらいたったとき、部長の目から涙がこぼれ落ちた。その後は何度も何度も目をこすりながらページをめくっている。そして全部を読み終えた後、突然立ち上がり、私の前に歩いてきた。みんなが部長を見つめる。「先生、ありがとうございました」。彼女は深々と礼をしてそう言った。私はここで、「ありがとうはいつでもどこでも通じる魔法の言葉だ」なんていうことを、普遍の法則として提示する気などさらさらない。しかし、この瞬間、彼女の言葉は魔法の言葉となり、創作で感じてきた苦しみを取り去ってくれた。

 前回「青空」を創ったときも部員との間に同じようなシーンが存在した。しかし、彼女はそのとき小学生。そこにはいなかった。だから、嬉しい。2日後の12月26日は2007年最後の部活だった。そこで初めての通しを行った(前半部分は一週間前に渡していた)。台本を渡して二日後の通しである、スムーズに流れるはずはない。台詞は止まる、ワンシークエンスがそっくりなくなる、そんな通しであった。しかし、それぞれがそれぞれの役として舞台上で生きようとしていた。私には役として生きていると感じることができた。

 通しをみに来てくれた3年生の元部長の目からは涙がこぼれている。劇が終わり感想を言ってもらった。しかし、涙でなかなか感想が出てこない。その涙が心に響いた。よい劇になるかも。そんな気がした。

  誤解されないように一言。『春一番』は「泣け!泣け!」という劇ではありませんのでご安心を(誰が安心するの?)。

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『春一番』~友情物語を拒む中で生まれた友情物語~

あさのあつこが『バッテリーⅡ」(角川文庫)の後書きで書いている。

『バッテリー』を少年の成長物語などと言わせるものか。友情物語などに貶めたりしない。絶対しない。強く、強く、そう思ってきた。

 私は『バッテリー』を友情を扱っているという点で、友情物語の範疇に入れることのできる物語として読んだ。ただ、友情物語にありがちな大団円、みんながみんなわかり合うというような現実離れした陳腐な表現がないという点で、凡庸な友情物語の枠組みは超えていると感じた。

 私が今回創った『春一番』は友情物語である。明らかに友情という得体の知れないものを扱っている。大団円とも思えるラストもある(私は大団円を書いたという気はしていない、ただそう思う人はいるだろう)。ただ、私はこの作品を単なる友情物語に貶めたくはないと思いながら描いた。登場人物に単なる暖かい風は吹かない。彼女らに吹く風は向かい風である。しかし、その向かい風は木枯らしではない。そう、彼女らに吹く風は春一番である。強い砂混じりの風、しかし、暖かくもある風。そんな風をドラマの最後の最後まで吹かせたかった。

 前述の後書きの中であさのあつこは叫んでいる。

 (『バッテリー』を)既成の物語の枠組みに、易々とはめ込まれてしまうような陳腐な物語にして堪るかよ。

 『春一番』がどんな物語としてみる人の心に届くのか。楽しみでもあり恐ろしくもある。

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2008年1月 1日 (火)

春一番

 『春一番』という新作を書き出して一ヶ月。先日、ようやくとりあえずの完成となった。『春一番』はこの5年間書き続けている七つ森中学校を舞台にした戯曲に連なる作品である。七つ森シリーズはバルザックが取り組んだ「人間喜劇」のような方向性を持ちたいと考えて作成している。

 物語の舞台は七つ森中学校の放送室。受験直前の2月になっても部活を引退せずに放送を続けている放送部員たち(全員が中学3年生)の日常が描かれる(放送部は現部員の卒業とともに廃部となることが決まっている)。どこにでもありそうな日常、しかし、その日常とは一人一人にとってはドラマの連続としての日常であり、明日はどうなるのかわからない、予定調和ではない日常である。そんな日常がをさりげなく克つ劇的に描く(人によっては「どこが劇的なんだ」と怒る人もいるかもしれない)。そんな挑戦をしてみた。

 世の中には昔はよかった的なドラマが多い。私はそんなドラマが大嫌いである。例外はあるが…。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』には、抵抗むなしく心を動かされたてしまった(この手のドラマは嫌いなはずなのに…、嫌いになる一歩手前のところでこの映画は踏みとどまった。そしてラストはぐいぐい引き込まれてしまった。予想通りのラストなのに…)。しかし、私は「昔はよかった」的な話は絶対書かない。私が表現し続けてきたのはどの時代にも共通して存在する世界の断片である。それはどの時代にも共通する喜びであり、どの時代にも共通する悲しみである。今回は過去と現代を同一空間で描く(過去と現代を行き来するような作品ではない)。どのように描くかを書いてしまうとネタバレになるので、気になる方は作品をみにきてほしい。上演は1月13日(日)・久喜市はなみずき会館。2月10日(日)久喜総合文化会館小ホールの2回。関東大会に進めれば3回目の上演ができる。

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