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2006年1月16日 (月)

『サバンナ 命を育む神秘の樹』 正月のテレビで一番心を動かされた番組

 正月はのんびりテレビを見ながら過ごした。『古畑任三郎シリーズ』を三夜連続で見た。イチローの演技力の素晴らしさに驚いた(作品は一夜目が一番よかったか?)。『南総里見八犬伝』を見た。S.E.N.Sの音楽が素晴らしく、テーマ曲が入っているCDを買った。いずれも年賀状の返事を書きながら見るにはよいドラマだった。

 そんなテレビ番組の中で最も心を動かされたのは16日(金)にNHKで放送された『サバンナ 命を育む神秘の樹』だ。マーク・ディーブル、ビクトリア・ストーン夫妻による秀逸な映像と作品の中に貫かれている自然を見つめる透徹した視線に心が震えた。ワンシーンたりとも見逃したくないと思える、年賀状を書きながらでは見ることのできない作品だった。

 夫妻は東アフリカのサバンナの川沿いに生育するクワイチジクの大木に集まる生きものをどの生きものにも寄り添わずに見つめる。イチジクの実はアフリカゾウをはじめ、キリン、サイチョウなど多くの生きものを引き寄せる。サイチョウの愛らしい子育ての様子と、その子どもが何万匹にも思える蠅の餌食になる凄まじい映像。自然のありのままを見つめようという姿勢が素晴らしい。
 イチジクが育つためには、一種類のイチジクコバチと呼ばれる小さなハチの存在が欠かせない。イチジクコバチは一生の大半をイチジクの実の中で過ごす代わりに、花粉を媒介することでイチジクに報いる。イチジクコバチは体を更に小さな線虫に寄生されながらその使命を果たす。

『昆虫記』のファーブルは「寄生虫いろいろ」の章で生の法則について次のように語る。

総じて生は限りなき略奪にほかならない。自然はおのれ自身を喰っている、物質はこの胃袋からあの胃袋へと過ぎながら生命を得ている。生物の饗宴では、おのおのはかわるがわるお客になり、ご馳走になっている。今日の食い手は、明日の喰われ手。一切衆生は生きているもの、生きていたもので生きている。いっさいは寄生生活である。人は偉大なる寄生者だ、食えるものすべての残忍な略奪者だ。(中略)それは悪徳だろうか。否、それは「一つのものの生は、他のものの死を要求する」という残忍な法則である。

夫妻の視線に敬愛するファーブルの視線を感じた。
昨日のブログにオオタカに襲われたコガモのことを書いた。夫妻の視線はオオタカ=悪、コガモ=善というような二分法を拒絶する、生態系を丸ごと捕らえた視線である。

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