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2006年1月19日 (木)

食の素材と演劇の関係 『魯山人味道』

北王子魯山人の著書『魯山人味道』が面白い。魯山人の道は味の道であり、それは演劇の道にも通じていると感じる。

共感その1 素材について

いよいよ料理を作る段取りになりました際において、是が非でも心得ておかなければならなぬことは、材料の吟味であります。美味しい料理も、立派な料理も、要は材料が根本でありますから、料理のよしあしは材料次第というモットーを堅持しまして、(中略)充分な関心を持ちたいものです。(中略)善良な材料さえ手に入れますれば、まあどうせんでも、すでに美味しい料理はできていると言いましても、過言ではありません。
材料の悪いのは、名料理人の手でいかに塩梅しましても、よい料理とはならないのです。

料理においての素材は、演劇においての脚本である。最近は中学校の演劇にインターネットから拾ってくる脚本を使うところが多いが、9割以上が善良な材料ではないため、多くの場合いかに塩梅しても、よい作品にならない。

共感その2 半可通について

世の中には、自分は味覚の通人である、と自認しながら、その実何もわかっていない人々がいる。いわゆる、半可通に属する連中であって、なにか賢い話を付け加えて押しつけなければ、美味しいものも美味しいとは言わない。
(中略)そこでこれらの手合いには、トリックを用いるのが一番よい。例えばここにある種の大根がある。こんな時、正直になもない大根ですと言わずに、これは尾張の大根です、と言ってすすめる。すると、彼は尾張の大根は美味しいという先入観念があるから、これは美味しいと自分だけの能書きつきで美味しいというのである。(中略)もともと自分の舌で正しく美味不美味を判断するのでもなく、深い経験者でもないから、人の悪い話だが、これにはどうしても、トリックを用いて、食わせるよりほかはない。これも一つの料理法である。

私は半可通に自分の演劇を理解してもらいたいと思わないので、魯山人がいう半可通のための料理法を使いたいとも思わないが、世の中の大半の演劇は半可通のために演じられているのではないかと思う。小説も映画も…

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