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2006年1月 8日 (日)

『青空』 2006関東中学校演劇コンクールへ

埼玉県東部地区中学校冬季演劇発表会が終わった。この大会に参加したすべての学校が、この発表会の意義を理解し、発表の場があることを喜んだ、そんな大会となった。『青空』を上演した久喜中学校演劇部は関東中学校演劇コンクールの埼玉県代表として選出された。『青空』上演での観客の反応はさまざまだった。昨年の『なっちゃんの夏』そして今回の『青空』。最近の私の劇は、明らかにストイックな方向性に向かっている。そのストイックな方向性が、観客の多様な反応を生みだしている。

北王子魯山人が『魯山人味道』に記した次のような言葉が頭をよぎる。

「料理も真剣になって考えますと、段々頭が精密になってきます。つまり、精密な頭がかける場合は、美味しい味ができないということであります」

魯山人は河豚をこよなく愛する、そして河豚の味をすっぽんと比べ次のように語る。

「すっぽんも美味しいものであるが、このふぐに較べては、味があるだけに悲しいかな一段下である。否、その味が味として人に分かるから、まだそれは、ほんとうの味ではないのである。すなわち、無策の作、無味の味とでも言おうか、その味そのものが、底知れず深く調和がとれて、しかも、その背後に無限の展開性を持っているものでなければ、真実の美味ではなさそうである」

  私は演劇を突き詰めていこうとしている。突き詰めていこうとすると、どうしてもその背後に無限の展開性を持った無味の味に惹かれていく。しかし、無味の味を最高と感じるところまで進めていくことには敢えてストップをかけたい。
  私は河豚よりも秋刀魚が好きだ。そしてステーキよりも秋刀魚が好きだ。ただ、秋刀魚ならなんでもいいというわけではない。秋刀魚の味も千差万別であり、それは十分追求しがいのある食材である。暴力的比喩を用いて、分厚い量を誇示したステーキが多くのハリウッド映画で河豚が『サクリファイス』や『ノスタルジア』を作った後期のタルコフスキーであるとすれば、私は量を誇示したステーキや、無味の味を持った河豚ではなく、極上の秋刀魚料理で客をもてなしたいと思う。
3月の発表までに『青空』という食材をもう一度吟味し直さなければならない。

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