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2005年10月10日 (月)

『ハルとナツ』 第1回「姉妹」 

絶叫型のドラマが嫌いだ。恋人の死、友との別れ、死や別れはつらく悲しい出来事だ。しかし、そこで役者が絶叫して泣くと、私の心はそんな絶叫に反比例してドラマから離れていく。特に大人の絶叫は見苦しい。私は誇張演技で彩られた「迫真の演技」「感動の名場面」が好きではない。 絶叫にはそれに似合う年齢というものがある。もし絶叫が許される世代があるとすればそれは小学生低学年までではないだろうか。家の周辺では演技ではない子どもたちの絶叫をしばし耳にする。しかし、そんな子どもをドラマの中で演じきれる子役は多くはないだろうし、自然な絶叫を演出できる監督もそう多くはないと思われる。 絶叫シーンに思いを馳せれば、作られた悲しみに心が醒めたという記憶ばかりが甦る。
ところが、先ほど奇跡のようなシーンを目にしてしまった。そんな奇跡のシーンを生みだしたドラマは、NHKが5夜連続で放送した『ハルとナツ ~届かなかった手紙~』(橋田壽賀子脚本)。放送中は、仕事がピークを迎えていたため、録画して昨日から見始めた。

ブラジルへの移民を決意した、ハルとナツの家族。しかし出発の直前、神戸で妹のナツはトラホームと診断され日本にただ一人残らなければならなくなる。ハルを乗せた船がブラジルへと旅立とうとする場面で、二人の絶叫による別れが演じられる。港から離れていく船に向かってナツが叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。それは演技とは思えない、自然な叫びだった(ナツを演じていたのは志田未来。『女王の教室』にも出ていました)。
回想としても何度も何度も使われるこのシーンは、繰り返しに耐えられるだけのクオリティーを持ち、繰り返される度に涙を誘う。そこに存在した役者一人一人があの世界を信じ、その世界に生きたからこそ生まれたシーンだったと思う。
それを導いた監督にもあのシーンを見事な映像につくりあげたカメラにも拍手を送りたい。第2回までを見終えた段階で、まだ心はときめいている。第5話までこのときめきが続いてほしい。

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『夏の庭』(湯本香樹実著 新潮文庫)読了。寺山修司に師事していただけあって、単なる老人と子どもの心の交流を描いた物語では終わってなかった。

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