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2012年3月29日 (木)

私にできること

4月号で掲載される自作『ふるさと』の作者の言葉として次のような文を送った。

 数年前に自作を上演してくれた学校の一つが、津波の被害にあったことを知った。その学校の惨状を写真で見て、胸が締めつけられた。それからずっと考えてきた。自分に何かできることはないだろうか。自分だからこそできることはないだろうかと。そして、辿り着いたのが「ふるさと」だ。元気になれる劇が創りたいと思った。観た人が元気になれる劇、そして、それによって上演した人が元気になれる劇。

 「ふるさと」は古川里美(=ふるさと)が転校してきたことで、故郷を嫌いだった子どもたち全員が故郷を好きになる話だ。内容に震災と関わる部分はないが、あの日のことを思い続けて書いた。部員の引率を考慮すると、被災地での上演は簡単ではない。しかし、私一人なら出かけられる。被災地で、この劇を上演したいと思う方がいたら、手伝いに行きたい。上演ということになれば観に行きたい。そして応援したい。元気になる手助けがしたい。今心からそう思っている。

関東での発表の後、この思いは更に強くなっている。今、この思いの実現のために私は動き出した。

今日までのこと

 

◆2月18日

ジャパンライム社によるDVDの撮影があった。昨年の劇づくりに続く、脚本作りのDVDだ。脚本を創るための本ではなくDVDである。正式な依頼を受けてから、どんなアプローチが可能か悩みに悩んだ。膨大な資料を読み、膨大な資料を用意した。いったいどれだけの時間をこのために費やしたであろう。わたし自身の最新作『ふるさと』はいかにできたかを目で見える形で紹介した。また、久喜中学校演劇部の部員全員が創作に取り組み、できあがった作品の中から2本を選出し、その2作品を集団創作していく過程を紹介した。そして、その日に完成した作品を、それぞれのチームがその日に劇の形で発表した。

朝の8時30分に撮影開始、夜の8時に撮影終了。完成が待ち遠しい。

◆2月10日

新作『ふるさと』が「演劇と教育 4月号」に掲載されることが決定した。この日、脚本と作者の言葉を送った。

 

 

◆3月11日

東日本大震災から一年後のこの日、雑誌のインタビューを新宿で受けた。雑誌は日本照明家協会が発行している「日本照明家協会雑誌」である。およそ1時間半のインタビュー。我ながらよく話したと思う。バックナンバーをいただいたが、大変立派な雑誌であった。雑誌の発売が待ち遠しい。

 

◆3月24日

関東大会で『ふるさと』を上演した。金賞を受賞することができた。更に創作作品賞も受賞することができた。その上更に嬉しいことに第12回全国中学校総合文化祭(中文祭)栃木大会への推薦校として久喜中学校が選出された。

 

2012年1月14日 (土)

新作『ふるさと』⑦ 「ふるさと」への感想を紹介します

先日の埼玉東部地区・茨城中学校演劇発表会で久喜中学校演劇部が上演した『ふるさと』への感想が届きましたので、紹介します。

◆◆◆~「祈り」をイメージしました~
BGMの美しいハミングに鳥肌が立ちました。等身大の子どもたちが、「心の中の観客」と称して私たち観客を巻き込み、拝見していて不思議な気持ちと共に引き込まれました。舞台上の世界観が膨らんで私たちを包み込んでしまったような感覚です。「ふるさと」という言葉を、単なる郷愁ではなく、心で繋がる絆のようなものに感じ、劇全体を通して「祈り」をイメージしました。演出力と、それに応える好演された生徒のみなさんに、心からの拍手を送ります。

◆◆◆~何かあたたかいもの、優しいものが心に残ったように思います~
一言、とても感動しました。本当に見ている間、一つ一つの言葉、行動に心が表現されていて心に響きました。何かあたたかいもの、優しいものが心に残ったように思います。歌もきれいで素晴らしかったです。私は久喜中の劇が大好きです。もっと見たいと思いました。なのでこれからも頑張ってください。

◆◆◆~きっと元気づけられると思います~
音響や凝った照明がなくてもこんなに感動することができるのだなとはじめて感じて驚いています。みなさんのアカペラの「ふるさと」は、私が今まで聞いた「ふるさと」の合唱の中で一番の感動でした。被災地のみなさんが観ても、きっと元気づけられると思います。素晴らしい劇を本当にありがとうございました。

2012年1月 8日 (日)

新作『ふるさと』⑥ 今日までの部活

 昨年のこの時期は本当に苦しんでいた。3年担当で進路事務と重なった中での創作。とりあえずの完成は12月25日のクリスマスだった。今年は、昨年の反省を活かし、劇作もオーディションも早めに取り組んだ。しかし、創作というものは時間さえあればできるというものではない。それに今年も昨年に引き続き3年担当。進路事務との重なりで、結局昨年同様の苦しみを味わうこととなった。とりあえずの完成は12月24日のクリスマスイブ。昨年より一日早く完成した。

 今回の主人公は関西弁を話す設定なので、24日の午前中、関西出身の部員とその母に台詞を添削してもらい、添削をもとに台詞を書き直してその日の午後1時にプリントアウト、そして印刷。2時に台本を全員に配った。

 静寂の中、部員が台本を読んでいく。毎年の恒例行事のようなものなのだが、これは私にとっては部員との真剣勝負のようなもの。その反応は楽しみでもあり怖くもある。部長と副部長の目からあふれ出てくる涙を見ることができて少し安心した。

 その日は1時間練習して下校となった。

 25日・26日の練習の中で変更すべき点が多々生まれ、27日に新しい台本を配布する。その日の練習で昨年の練習は終了し冬休みとなった。生徒が自分たちで創作する取り組みをずっと続けてきたことが活き、27日には止めながらではあるが台本なしで通すことができた。

 新年は1月4日から練習が始まった。この日は午前中練習し、午後初めての通し練習を行う。この通しに、8人が観に来てくれた。第1回目の通しはそれはトラブルだらけではあったが、それでも心に響くものがあったようで、劇の中盤からは一人、また一人と涙をぬぐう姿が増えていった。ただ、上演時間は72分。大幅に台本を変更する必要が生じた。

 翌1月5日。大幅に内容を削ったため、変更後の台本を配布する。午前中は変更した内容を覚えることで時間を使った。その日の午後の通しには、昨年の卒業生が家族で観に来てくれた。そして、親子で涙を流し、家族全員が元気をもらったといってくれた。ただ、大幅に内容を変更したにもかかわらず、上演時間は65分。更なる台本の変更を余儀なくされた。

1月6日、上演時間は59分58秒だった。
1月7日も8人が観に来てくれた。そのうちの3人が2回目の見学となったが、2回目でも感動は減らなかったということが嬉しかった。感想で「何度も何度も観たい」と言ってくれたことが嬉しかった。上演時間は58分台となった。

それにしても、観客の感想はみんなあったかい。そのあったかい感想に触れて部員の心も私の心もあったかくなる。元気になる。

 さて、いよいよ明日が本番だ。あったかい劇になればいい。元気の素になればいい。

2012年1月 7日 (土)

黒い赤とんぼと私たちの劇

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この黒っぽいトンボの写真をどう感じるだろう。あまり興味を抱く人はいないだろう。野外でこのトンボの写真を夢中で撮る人がいるだろうか。

私は自分たちが取り組んでいる劇について、詳しく紹介する。魅力を自ら語る。私はそうすることは必要なことだと信じている。

私が取り組んでいるのは中学生の劇だ。中には中学生の劇というだけで「あまり面白いものではないだろう」と判断してしまう人もいる。だから私は饒舌に魅力を語る。

さて、写真のトンボに話を戻そう。私は、この秋、乗鞍高原でこのトンボに出合った。そして夢中でこのトンボを追いかけ、写真を撮った。はじめて出合うトンボだったが、直感で、赤とんぼの仲間だと思った。日本に黒い赤とんぼがいることは本の知識で知っていた。これがきっとその黒い赤とんぼだと思った。それは、正解だった。家に戻ってから図鑑で調べ、これがムツアカネという黒い赤とんぼだと同定した。

中学生の演劇はこの写真のようなトンボのようなものだ。そこに存在していても、気がつかれずに見逃されてしまう。しかし、上の写真に「黒い赤とんぼのムツアカネ」という説明がつくと、黒くて地味なトンボに少し興味が湧くということもあるのではないか。「黒い赤とんぼ?なんだそりゃ。赤とんぼは赤いから赤とんぼだろうが。黒い赤とんぼってなんだ」なんて。中には立ち止まってみてくれる方もいるかもしれない。

このトンボを追いかける人は多くはない。多くはないが、追いかける人はかなりのトンボ好きである。だから遠くからこのトンボに会いに来る人もいる。黒い赤とんぼはどこにでもいるトンボではないのだ。

私たち中学生の劇を観に来る人も多くはない。でも、嬉しいことに昨年は長崎からわざわざ観に来てくれる方もいた。今回の新作『ふるさと』も、県外からわざわざ観に来てくれる方がいる。ムツトンボのような存在になるのもいいなと思う。数は少なくとも、心から愛してくれる方に観てもらいたいと思う。

2012年1月 6日 (金)

新作『ふるさと』⑤ 感動のある劇にしたい

感動にもいろいろある。感動なんて言葉を使うと安っぽく聞こえることもあることは理解している。でも、しかし、私たちが目指している劇のキーワードは感動だ。それは、号泣なんて言葉に私が感じる安っぽい感動ではない。心の深いところまで届く感動だ。心にしみる感動だ。

3年生の元部長が第1回の通しを行う日を聞いてきた。その時は、まだ脚本が完成していなかった。
「わからない。まだ脚本が完成してないから」
それに対しての返事は「決まったら教えてください。絶対観に行きます。絶対感動します」だった。
「あのね、次の劇がいいという保証は何もないんだよ。感動するかどうかはわからないよ」
「みんななら大丈夫です」
「みんなは大丈夫でも、僕の脚本がね…」
「大丈夫です」
彼女はそう断定した。
この断定は何なんだ。「もう本番まで時間がないのに大丈夫ですか」ではなく「大丈夫です」と言い切ってしまう、その思い。うれしすぎるぞ。
プレッシャーではあるが、この思いが自分を後押ししてくれるのだ。彼女を含めて通し練習を観に来る人は感動に浸れると信じて来る。私は、この1番身近なファンを感動させることを大切にしたい。

明日、第1回の通しを行う。卒業したOGからも明日観に来るという連絡が入った。保護者も来る、現役部員の保護者だけでなくOGの保護者まで観に来る。

私は『ふるさと』で、多くの中学生に元気を与えたいと願っている。まずは、明日、身近な大切な人たちに感動を通して元気を与えられたらと思う。まずはそこから。

とにかく、今回は堂々と宣言したい。キーワードは感動だ。

2012年1月 5日 (木)

身近なWhat A Wonderful World チョウゲンボウ

早朝、まだ日が昇る前、鋭くけたたましく鳴く声が聞こえてくる。

ふとんから起き出し、部屋の窓を開けると向こうの電柱のてっぺんにチョウゲンボウというタカがとまっていた。ずっととまっているのでカメラを用意して写真を撮った。

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こんな町中にタカがいるなんて、誰か他に気づいているかな。

2012年1月 4日 (水)

身近なWhat A Wonderful World ツミ

昨年の夏の話。久喜市役所に提出物を届けに行ったときのこと。駐車場で鋭くけたたましくなく声が聞こえてくる。声の聞こえてくる方に歩いていってツミというタカの子どもを見つけた。複数の子どもがいるところを見るとこの近くで巣立ったのだろう。

その日は休みを取っていたので、自宅にカメラを取りに行き、再び市役所を訪れた。そうしたらカメラマンが何人もきていた。どうやら鳥好きには連絡が回っているようだ。

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散歩している人たちの多くは、このタカの存在を知っていた。散歩しながらタカの巣立ちを見守っていたという。こんな自然とのおつきあい、いいなと思う。

2012年1月 3日 (火)

新作『ふるさと』④ What A Wonderful Worldを描いた劇に

I see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world

12月30日、私は妻とジャズが流れる温泉宿に宿泊していた。食事をしているときに女性ジャズシンガーが歌う『What A Wonderful World』が流れてきた。

木々が緑で、バラが赤いこと。空が青くて、雲が白いこと。それだけで世界は素晴らしい。
「そうなんだよ。これなんだ。今の自分が描きたい世界は」
そう思った。

『ふるさと』の主人公・里美は、どんなにつらいときでも世界の素晴らしさを感じることができる少女だ。
彼女は身近な世界の中にも多くの人が気がつかない「すてき」を感じることができる。そんな彼女は、人の中にも「すてき」を感じる。人が気づかない「すてき」を見つけることができる。

劇の途中で彼女の前に現れる鳥。彼女はその鳥の青さを愛する。
鳥の名前はルリビタキ。幸せを呼ぶ青い鳥だ。

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『ふるさと』は私にとっての『What A Wonderful World』を描いた劇でもある。

写真 ルリビタキ 撮影場所 横谷渓谷

2012年1月 2日 (月)

新作『ふるさと』③  『上を向いて歩こう』のように

昨年NHK・BSで放送された、『上を向いて歩こう 日本人の希望の歌 その真実』は素晴らしいドキュメンタリーであった。

日本人の多くが苦しい時つらい時『上を向いて歩こう』を歌ってきた。
昨年も何度も何度も歌われた。映画『コクリコ坂から』の中でも使われた。
この歌は不思議な魅力を持った歌だと思う。私自身、この歌を歌うと泣きたい気持ちになる。涙がこぼれそうになる。でも、それはつらい涙ではなく、泣いた後気分が爽やかになる、そんな涙だ。

この歌の誕生の背景には安保闘争でうちひしがれた作詞家・永六輔の思いが込められているという。「泣いてなんかいられないけど、泣かずにはいられない」、この歌にはそんな思いが込められているという。

黒柳徹子はこの歌について涙ながらに次のように語った。
「この歌には喜びだけでなく、悲しみも吐き出させるものがあるんです」
この歌について語るだけで、泣きたい気持ちがわき起こる。凄い歌だと思う。

『上を向いて歩こう』のような劇にしたい。『ふるさと』を創りながらずっと思い続けてきたことだ。
泣ける劇にしたい。ただ、泣いた後に悲しくなるのではなく、泣いた後に爽やかになる劇。泣いた後にとってもすっきりした気持ちになる劇。そんな劇にもしたいと思っている。

新作『ふるさと』② 元気になる劇にしたい

 「故郷に何の思いも持たない生徒たちが、後にみんなからふるさとと呼ばれることになる転校生・古川里美との出会いから、故郷が好きになる。そして、みんなが故郷を好きになったとき、ふるさとはその学校を去っていく」これが今回の『ふるさと』のあらすじだ。

 今回は今まで以上に、多くの方に演じてもらうことを念頭に置いて脚本を書いた。『ふるさと』は演劇部の上演劇としても、学級劇でも、学年・学校劇でも上演できる。10人程度でも上演できるが、100人以上でも上演できる。机と椅子さえあればどこででも上演できる。

 音響設備はいらない。場面転換で流れるバックミュージックは、登場人物が歌う『ふるさと』のハミングだ。15人で上演する久喜中はこの歌を登場人物が担当するが、学級や学年劇として上演するときは、コーラス隊と登場人物を分けることもできる。

 劇は『ふるさと』の歌で始まり、『ふるさと』の歌で終わる。久喜中学校は今回の上演で、アカペラの三部合唱で『ふるさと』を歌う。この三部合唱は音楽の教科書に紹介されているバージョンで、簡単ではないが、難しすぎもしない。練習中のモティベーションを高め、発表終了後に成就感を得るには、いい感じのハードルの高さなのではないかと思う。

 『ふるさと』を歌って元気をもらった人がたくさんいる。私の『ふるさと』が観客に、演じる人に元気を与えられる劇になることを願う。

2012年1月 1日 (日)

新作『ふるさと』① あったかい劇にしたい

 大晦日は恒例の紅白歌合戦を観て過ごした。紅白歌合戦は最初から最後まで「ふるさと」を強調した演出だった。歌っていいなと思う場面がたくさんあった。「ふるさと」という言葉が多くの日本人の心に触れる響きを持っていることを再確認した。「ふるさと」という劇を創ってよかったと思った。

  新作「ふるさと」は震災後にアイディアが浮かんだ劇ではない。何年も前からアイディアノートの中に存在した、いつか書こうとしていた劇だ。ただ、数あるアイディアの中から今回「ふるさと」を選んだのは震災があったからである。そして、震災がこの劇の場面設定を土台から変えさせることになった。

 「ふるさと」の舞台はダムに沈んだ村となる予定だった。ダムに沈んだ村を描いた小説を読み、ダムに沈んだいくつかの村を調べることはすでに終わっていた。時代設定は1985年となる予定だった。しかし、ダムに沈んだ村はどうしても津波の被害を受けた村と重なってしまう。そう考え、ダムに沈んだ村という設定を捨てた。時代設定は過去から現代となった。今を描いてはいるが、劇中に震災に関わることは一切出さなかった。

私は、今こんなことを願っている。

「こころの中が あったかくなる そんな劇に なればいい」

「観ている人が感動し 演じる人が元気になる そんな劇になればいい」

2011年11月22日 (火)

神奈川県高等学校演劇発表会 最優秀賞

 自作『夏休み』を上演した横須賀総合高校が、神奈川県高等学校演劇発表会で最優秀賞を受賞したという連絡をいただいた。素晴らしい作品が生まれ続けている高校演劇の世界で、自分の作品が県大会で最優秀賞を受賞したということが嬉しい。

 もともとは中学生のために書いた作品だが、それを高校生が演じてくれたことも嬉しい。現在、中学演劇の世界では多くの演劇部が魅力ある高校演劇作品を上演している。中学生がそのお兄さん、お姉さんにあたる高校生にあこがれるのは自然なことではあるが、時には今回のように、中学生のために書いた作品を高校生が演じてくれて、賞まで取ってしまうといったことがあってもよいと思う。

 横須賀総合高校のみなさんおめでとうございます。

2011年11月21日 (月)

『七つ森 シリーズ・七つ森の子どもたち 斉藤俊雄作品集2』

Nanatsumori11月21日(月)に『七つ森 シリーズ・七つ森の子どもたち 斉藤俊雄作品集2』が出版されました(出版社 晩成書房)。収録作品は

『七つ森』
『とも』
『怪談の多い料理店』
『ザネリ』
『魔術』
『森の交響曲(シンフォニー)』

 の6作品です。

定価 2000円+税=2100円

・観る人に大きな感動を与えたいと願っている方。そして何より、その感動によって上演した子ども達が成長することを願っている方
・中学生が上演することで輝ける劇(中学生が演じるからこそ笑え、中学生が演じるからこそ泣ける劇)がきっとあると信じている方(信じたいと思っている方) 、そしてそれが教育であると同時に芸術であることを目指したい方 
・楽しい劇がやりたい、ただ楽しいだけの劇はやりたくないと思っている方
・中学生のだれもが、一般の大人が考えている以上に素晴らしい力を持っていると(とりあえず人の前ではそう言っているのではなく)本気で思っている方
ー そんな方々に、この作品集を読んでほしいと思っています。

購入を希望する方は
晩成書房一般の書店への注文で購入できます。oo-ruri@nifty.com までメールでお知らせいただければ、私から晩成書房に連絡します(代金引換となります。送料は無料で本は晩成書房から送られます。メールにお届け先、氏名、電話番号を記入してください)。


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2011年11月 6日 (日)

笑いについて考える 私が好きな笑い『怪談の多い料理店 第4話~山姥の微笑み~』

昨日のブログで言及した笑いに繋がるわくわくする世界。それは『怪談の多い料理店』の第4話『山姥の微笑み』のことである。この夏の上演の際は1番笑いが取れたのは『トイレの鼻毛さん』であったが、私は『山姥の微笑み』の方が自分の笑いの方向性に合致していると考えている。少し長くなるが、『山姥の微笑み』全文を紹介したい。

★★★第四話(サラダ)『山姥の微笑み』

シェフ 第四話を紹介いたしましょう。
スー・シェフ 第四話は『学校の怪談パート2』。
ソムリエ 舞台は美術室。そして、その題名は。
シェフ 『美術室の鼻毛さん』
スー・シェフ などという安易な作品創りはいたしません。
ソムリエ 料理の準備が整ったようです。
シェフ それではまいりましょう。
スー・シェフ 『怪談の多い料理店』
ソムリエ 第四話
シェフ達 『山姥の微笑み』 
シェフ サラダと一緒にお楽しみください。

シェフ達は退場する
美術室の中にはたくさんの彫刻が飾られている。
舞台中央には「山姥の微笑み」と題がつけられた3人の山姥の彫刻が飾られている(山姥の格好をした人が彫刻として立っている)。
上田先生と諏訪先生が舞台に登場する。

諏訪 上田先生。夜の美術室って不気味なところですね。
上田 諏訪先生、大丈夫。私がついています。

突然の雷。
雷に彫刻が青白く輝くと同時に電気が消える。

上田 停電か。
諏訪 上田先生、私、恐くて歩けません。
上田 さあどうぞ、私がおぶっていきましょう。
諏訪 恥ずかしいわ。
上田 誰も見てませんよ。
諏訪 彫刻が見ているような気がします。
上田 そんなばかなことあるわけないじゃないですか。さあ、どうぞ、私の背中に。
諏訪 まあ恥ずかしい。どうしましょう。

そう言って諏訪先生が後ろを向いた瞬間、雷。
その雷に彫刻が動き出す。

諏訪 (悲鳴。その悲鳴は女性的ではなく、野太い男性的なもの)

その悲鳴にびっくりして、上田は倒れる。

上田 諏訪先生。いったいどうしたんですか。
諏訪 彫刻が動きました。
上田 そんなばかな。稲妻が作り出した幻でしょう。
諏訪 でも確かに。見てください、この彫刻生きているようじゃないですか。

諏訪先生は中央にある山姥の彫刻を触る。

上田 それは『山姥の微笑み』という彫刻です。
諏訪 『山姥の微笑み』?不気味な題ですね。
上田 作者ははじめ『マドンナの微笑み』という作品を創っていたのですが、できあがった作品はどう見てもマドンナには見えず、後で山姥の微笑みと名前を変えられたようです。
  「ふふふふふ」
諏訪 上田先生。変な声で笑わないでください。
上田 私は笑ってません。諏訪先生、あなたこそ笑いませんでしたか。
諏訪 私が笑うはずないじゃないですか。
  「ふふふふふ」

雷。
彫刻が動き出す。

上田 ばかな。
諏訪 上田先生、山姥が、山姥が笑ってます。
山姥達 縄がいいかい、それとも茄子がいいかい。
上田 怪談でよくあるやつだ。「赤いマントがほしいか、青いマントがほしいか」。赤だとナイフで刺され血だらけになって死ぬ。青だと体中の血を吸い取られ真っ青になって死ぬ。
諏訪 どっちを答えても死んでしまうなんて詐欺だわ。
山姥達 縄がいいかい、それとも茄子がいいかい。
上田 縄だと縄で首を絞められる。茄子だと…いったい何をされるんだ、想像もつかない。いったいどっちを選んだらいいんだ。
諏訪 縄!
上田 諏訪先生。何で縄なんて言ったんです。
諏訪 私、茄子が嫌いなんです。
上田 そういう問題じゃないでしょう。
山姥達 そうかい。縄がいいのかい。

そういって縄を取り出す。

山姥達 ふふふふ、ふふふふ。覚悟はいいかい。

山姥は突然縄跳びを始める。
稲光、そして雷鳴が響き渡る。
シェフ達が現れる。

ソムリエ 美術室の暗闇の中、
スー・シェフ いつまでもいつまでも
シェフ  縄跳びの音が響くのであった。★★★

山姥の役の一人は縄跳びが得意だったので、二重跳びの後、最後は連続三重跳びを披露して幕となった。笑いの中に拍手が起こる。笑いの中にも感動のようなものがある。『山姥の微笑み』のラストは、そんな気持ちのよい一場面となった。

2011年11月 5日 (土)

笑いについて考える  「ハゲとハナゲ」~『七つ森』後書きから

『怪談の多い料理店』はオムニバス形式の6つの怪談からできている(ただ第6話ですべて20080726の怪談が繋がる)。その第2話は『トイレの鼻毛さん』。実はこの作品は自己内対話を重ね、最終的に怪談の一つとして組み込むことにした作品である。作品集第2集『七つ森』の後書きにそのことを対話形式で載せた。ハゲとハナゲの違いをいかに意識しているか。それが私の笑いに対してのスタンスの一つだ。

◆◆◆
知輝 第二話の『トイレの鼻毛さん』は、ふざけて書いたのかと思いました。
斉藤 とんでもない。僕は笑いを意図したシーンを見ると、作者のまなざしがわかるって考えている。だから、大まじめで書いたんだ。
知輝 作者のまなざしですか。
斉藤 ある人にとっては「ハゲ」という言葉は、笑いなんだよ。だから、「ハゲ」とう言葉で笑いをとろうと考えてしまう。学校現場でもそんな悲しい笑いに出合うことがある。もちろん「ハゲ」と言って人を馬鹿にする人を、今後僕が描くことはあるかもしれない。でも、僕の劇ではそのシーンが笑いに繋がることはない。
知輝 でも鼻毛の長い少女は笑いですよね。
斉藤 正直なところ、笑いとして取り上げていいかどうか迷ったんだよ。僕は熟考の末、鼻毛の長い女の子を笑いとして採用したんだ。
知輝 ハゲも鼻毛も身体に関係することですよね。ハゲは笑いにしてはだめで、鼻毛は笑いにしてもいいと考えたのはなぜですか。
斉藤 ハゲとハナゲ、一文字違いだけど、この違いが大きいんだ。ハゲのある人は好きではげている訳じゃないだろ。できればそこに毛があってほしいと思っているはずさ。そんな、人が気にしている身体的特徴を笑いにするっていうのは、弱者をいじめる笑いにつながるだろ。それじゃ、鼻毛はどうだろう。鼻毛さんは自分で鼻毛を伸ばしているんだ。切ろうと思えば切れるのに自分の意志で伸ばしているんだよ。
知輝 すごい人ですね、それ。
斉藤 人っていうより、妖怪なんだけどね。おそらく世の中に鼻毛をおしゃれって考えて伸ばしている人はいないよね。だから、同じ身体に関することでも鼻毛は笑いに使っていいって考えたんだ。
知輝 結局のところ、先生はどんな笑いが好きなんですか。
斉藤 一言で言えばナンセンスな笑いかな。
知輝 美術室で突然縄跳びを始める山姥とか。
斉藤 僕にとって、とってもわくわくする世界だね。
◆◆◆

写真 チシマギキョウの花の中には毛が生えている。植物の花毛さんだ 撮影場所 千畳敷カール)

2011年11月 4日 (金)

『森の交響曲』 扉絵

『七つ森』に収録される『魔術』の扉絵を紹介します。
作成してくださったのは、石川典嗣先生です。

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2011年11月 3日 (木)

『魔術』 扉絵

『七つ森』に収録される『魔術』の扉絵を紹介します。
作成してくださったのは、石川典嗣先生です。

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2011年11月 2日 (水)

『怪談の多い料理店』 扉絵

『七つ森』に収録される『怪談の多い料理店』の扉絵を紹介します。
作成してくださったのは石川典嗣先生です。

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2011年11月 1日 (火)

『ザネリ』 扉絵

『七つ森』に収録される『ザネリ』の扉絵を紹介します。
作成してくださったのは、石川典嗣先生です。

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